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76.扉へ

 いつも冷静な従兄弟がすっかり意気消沈している様子なのが、エリューシアの不安をかき立てた。

「すまない……エリューシア」

「いったい何があった?」

 一人だけで戻ってきて以来、レナードは口を開こうとはしなかった。取り乱し、混乱しているのは見てすぐにわかったから、神官と医師を呼びすぐに半ば無理矢理休ませた。エリューシアも横にはなったものの、ほとんど眠れていない。目が痛いし、頭の中にぼんやり暈がかかっているような気持ちだ。

 顔色も、悪かったのかもしれない。レナードが不安そうな顔をして、エリューシアの頬に指先で触れた。

「大丈夫だ。話を聞かせてくれ」

 その手を軽く撫でて、促す。レナードはなおも逡巡していたが、渋々口を開いた。

「サレの国境付近で……突然のことだった」

 低く、耳に心地よい従兄弟の声で語られるのは、決して楽しい内容ではなかった。


 宿で聞き込みをしていたときに、昔疫病でやられた村の跡地が近くにあるという噂を知ったのだった。

「そこ、教会もあったんですか?」

 スープを食べる手を止めて、月香が女将に尋ねた。

「あるんじゃないかねぇ。村は教会を中心にして動くもんだし。もっともその辺りは昔別な国だったから、サレとは違うかもしれないけどね」

「別な国?」

 レナードと月香は、思わず顔を見合わせる。

 ミュージアから聞いた話と、条件が一致する。符丁は、あと一つ。

「女将さん、もしかしてそこって、ルーベウス王国だったところですか?」

「うーん、そんな名前の国だったか……。王子様が二人いなくなって、ザークレイデスに滅ぼされたところって聞いたことがあるね」

 やはり。

 レナードは月香に頷きかけ、彼女はきゅっと唇を引き結んだ。

「ありがとう、女将さん」

 礼を言った声の調子も、そのあと食事を再開した様子も、きっとさりげなさを装っていたに違いない。けれどレナードの目には、月香が激しく動揺しているように映った。

 月香は、アンジュレインと親しかった。

 今まで口に出したことも、そんなそぶりを見せたこともなかったけれど、彼の行動に一番驚き衝撃を受けていたのは彼女だろう。

「月香」

 だから少し、心配になった。

「エリューシアに報告を。村の跡には私が行く」

「いえ」

 なのに月香は、気丈に首を振りレナードの提案を拒んだ。

「まだ憶測だけで、結果が出ていません。報告の段階ではありません」

 確かにその通りだ。

 彼女には、気遣いは必要ないらしい。責任感が強く、感情を理性で退ける女だ。

 レナードはそれ以上は言わず、月香とともに廃村へ向かった。

 そこにはもう無事な家は一軒もなく、唯一石造りの教会だけが原形を留めていた。中を調べると、つい最近まで人が生活していた痕跡が認められたが、何よりの収穫はアンジュが身につけていたのと同じ神官服がひとそろい残されていたことだった。

「やっぱり、あの人は……」

 几帳面に畳まれていた服を鷲づかみにして、月香は唇を引き結んだ。

 年のために外を調べると、真新しい墓標にマグノリア・カァン・ピア・ルーベウスと彫られているのが見つかった。

 アンジュの母親の名前。そうすると、ここに眠っているのは彼女なのか。なぜザークレイデス皇国の第五妃がこんな場所にと思ったが、今は追求することではないとレナードは判断した。

「殿下に報告しましょう」

 アンジュの服をしっかりと抱えて、月香が言った。

「ここを拠点にすれば、アンジュさん達の足取りがわかると思います。行き先はたぶんザークレイデスでしょうけど……」

「ああ」

 探索の任務は、これで果たされたことになる。あとはエリューシアや皇太后達の領域だ。

 二人とも少なからずほっとしていて、それが油断にもなっていたのだろう。

 月香は、教会の扉に巫女姫の鍵を差し込もうとしていた。鍵穴のある扉ならば、どこでも使えるらしい。そして、かつて言ったことのある場所か、強く思い浮かべた場所へと繋げてくれる。

 華乃子、清子、月香、琴音。そして過去にルーベウス王国滅亡のきっかけを作った巫女姫が残したものが一つ、今はエリューシアが持っている。

 レナードは、失念していた。

 鍵があと一つ、行方不明だったことを。

 誰もその所在を、知らなかったことを。

「きゃっ!」

 月香の悲鳴は、唐突に上がった。

 レナードは、無意識に剣を抜いて駆け出していた。

 半分開かれた扉へ。

 そうして、手を伸ばしていた。

 扉の中へ引きずり込まれていく、月香に。

 けれど。

 その指先は、強く扉にぶつかった。硬い木製の重い扉は、彼がどれほど叩き続けても微動だにしなかった。

 ようやく戸を開いた先には、何もなかった。

 すでに本来の姿を失った椅子と、半分以上朽ちた教壇以外には、何も。

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