73.なすべきこと
※BLではありません。
両掌に、冷たい石壁の感触がある。
レナードは腕の間に閉じ込めた従兄弟の瞳を、間近でしっかりと覗き込んだ。
「それで……」
呆れたような口調で切り出したのは、エリューシア。
「何が訊きたいんだ?」
「好きなのか?」
逆に問いを返すと、エリューシアの表情には新たに困惑が加わった。
それでもなお、彼は常と変わらず凛として美しい。
「誰を?」
「お前の気に入りの秘書官だ」
直接彼女の名前を言えなかったのは、思い浮かべただけで胸が苦しかったから。
物心ついてからずっと一緒だった従兄弟が、今まで一度たりと異性に興味を持ったことがなかったエリューシアが、初めて関心を向けた女性。
その事実は、レナードから平静を容易に奪っていくのだ。
「まあ……嫌いではないな」
溜息と苦笑混じりに、エリューシアは肩をすくめた。
「長時間共に過ごして苦痛でないというのは、好感を持っているということになるんだろう。大きな借りがあるのを別としても」
しかし、と。
従兄弟は言って、微かに身じろいだ。
レナードは直後、目を見開く。
「お前の考えているような意味ではない。安心していい」
精巧な細工物のように美しく整っているのに、強靱な武を秘めた掌が、レナードの頬から髪へとゆっくり移動している。
労るように。
「気の置けない友人ができたと思っている。月香が同じかどうかはわからないが」
レナードがその感触をうっとりと堪能していた手は、そのまま肩へ降りて腕を軽く叩く。
「だから、そろそろどいてくれ」
レナードは、素直に両腕を下ろした。
「普通に話せばいいことだ。あれじゃ、顔が近くて気まずいだろ。何なんだ」
「大切な質問をするときは、ああするのが効果的だとアステルが助言してくれた」
言った途端、エリューシアはがばっと大きく振り向いた。
そしてその辺にあった本を鷲づかみにするなり、鋭く窓のカーテンへ投げつける。
「いたっ!」
くぐもった悲鳴は、カーテンから飛び出した。
「アステル……」
つかつかとそこへ近づいていって、エリューシアはカーテンをまくり上げる。しっかりと胸にノートを抱いたアステルが、顔をしかめてそこにいた。たぶん、本が当たった箇所が痛むのだろう。
「前から訊こうと思っていたが、お前はいったい何なんだ?」
「あら、訊かない方がきっと幸せに老後まで過ごせますわ」
アステルは横歩き――ほとんど走るような速さだったが――で兄の手が届かない場所まで移動し、そのまま踵を返すと部屋を飛び出していった。
何だったのだろうか。
「まったく……」
エリューシアはがしがしと髪をかきむしり、妹が開け放していった扉へ歩いていく。
「レナード、明日はお前が月香と同行できないか?」
廊下へ出る直前、エリューシアはレナードを振り向いた。
「職務が滞っていて、どうしても処理に一日かかる。頼めるか?」
「ああ」
頼まれなくとも、レナードが断ることはない。エリューシアは従兄弟であると同時に、彼の主なのだ。役に立てるのならば、嬉しい。
「ありがとう」
レナードのそばまで戻ってきて、エリューシアは微笑んだ。その顔が見られただけでも、レナードは報われた気持ちになる。
だが。
「すまないな、いつも」
謝られると、どうしていいかわからなくなる。
「お前にも、したいことやすべきことがあるのにな」
そんなことを言われると、困惑する。
したいことやすべきことなど、常に一つしかないのに。
エリューシアのために生きること。彼の役に立つこと。
「お前のために役立てるなら、それでいい」
だからそう伝えたのに、エリューシアの顔から憂いは去らない。
何度か口を開いて、その度閉じてしまう。
「すまない……」
再び謝罪を口にした従兄弟を、レナードは柔らかく抱擁した。
他にどうすればいいか、わからなかったから。
※断じてBLではありません。┌(┌´△`)┐ホモォ…




