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72.王女のひらめき

 アンジュとシディアの捜索が主な仕事になったため、琴音が月香と顔を合わせる回数は激減した。エリューシアともども夕方には一度王宮へ戻っているらしいが、その時間には琴音はすでにバイトを終えて帰宅している。

 そのため、捜索がどの程度進んでいるのかも琴音はアステルやレナードから教えてもらうしかない。又聞きであっても、あまりはかどっていないのはわかるが。

「はぁ……」

 ノートや教科書を片付けながら、自然と溜息が出た。

 今日はアステルと一緒に、図書室で歴史の勉強をしていた。彼女と一緒に学ぶようになってかなり経つが、今日はアステルの希望で、初めてルーベウス王国のことを教師に教えてもらった。

 アンジュの母の国。かつて、自分と同じ巫女姫の行動が原因で、滅んでしまった国。

 教師は淡々と語っているように見せて、その顛末に対して悪意あるおかしみを感じていることを隠そうともしていなかった。けれどアンジュのことや巫女姫のことがなかったら、琴音だってやはり同じように思っていたかもしれないのだ。

 アンジュの母親は、可哀想だと思う。家族も何もかも、一瞬で失ってしまったのだから。

 そして、アンジュも。

「琴音?」

 本を探すと言って少し向こうの本棚の方へ行っていたアステルが、本を片手に戻ってくる。

「どうなさったの? 何か心配事?」

「うん……ちょっと、アンジュさんとお母さんのこと考えてて。ルーベウスのお姫様だったっていう」

 アステルは、美しい眉をひそめた。

「私は、以前少し習ったことがあるの。でもアンジュレイン様の事を聞いてからだと、違う感想を持ったわ」

 教科書とノートを本と一緒に抱え、アステルは憂鬱そうな表情になる。

「ミュージアもお気の毒で……。お兄様のことを心配する以上に、私達に対して負い目に思っているようですわ」

 琴音は、思い出す。親しくなりかけたのに、ミュージアが距離を置き始めたこと。笑顔はぎこちないし、話しかけても会話が弾むことはない。

 愛らしい顔は、いつも悲しそうに曇っている。

「私は無力ですわ」

 アステルの声が、低くなったような気がした。

「政治のことも、各国についてもそれなりの勉強はしています。でもエリューシアお兄様やお祖母様のように、前面に出て何かをするには及ばない。何もできなくて……本当に歯がゆいですわ」

「アステル……」

 かける言葉がなく、琴音は俯いた。

 琴音には、守りの力がある。けれど守りとは、こちらから何かを仕掛けることはできないということだ。

 何か、できることはないだろうか。

 沈んでいるミュージアのために。

 毎日遠い場所で頑張っている月香とエリューシアのために。

 いつも気を遣ってくれる皇太后のために。

 そして、落ち込んで自分を責めている、友人のために。

 月香は言っていた。何もできないと言って泣くだけでは、結局何一つできないままなのだ。

「アステル」

 琴音は、彼女の手を掴んだ。

「一人だとわからないことも多いし、できないこともたくさんあるだろうけど」

 でも。

 だからこそ。

「それなら、一緒に考えようよ。ね?」

 誰かと力を合わせれば、少なくとも一人でできなかったことができるかもしれない。

「琴音……。ええ、そうね」

 アステルは、ぎゅっと手を握り返してきた。そして、笑う。美しく。

「ありがとう。一緒に頑張りましょう」

「うん!」

 そのまま手を繋いで、廊下に出る。

 しばらく進むと、反対側から歩いてくる一段が目に入った。地味な、同じデザインの服装をした男達の中央に、冴えない顔の冴えない男がふんぞり返って歩いている。

「これはこれは、アステル王女」

 男は、立ち止まって待っていたアステルの前で足を止め、尊大に言い放った。

「ごきげんよう、カレイド皇子」

 アステルは優雅に一礼したが、表情は硬い。

 栗色の髪と目の、二十代後半くらいとみられるカレイド皇子は、片眉をひくひくさせていた。だがすぐに唇を歪め、鷹揚な仕草で頷く。本人は、愛想笑いを浮かべているつもりのようだった。

 何かに似ている。目がぎょろりとしているところといい、首が長いところといい。

「これから鷹狩りに行くところです。いかがです、そのあとのお茶の時間に――」

「申し訳ございません。わたくし、歌のレッスンがございますので。またの機会に」

 皇子が言い終わらないうちに、アステルはもう一度礼をして、琴音の手を引きさっさと歩き出した。皇子の陰険でねっとりした様子がいやだったので、琴音はほっとする。

「蛇みたいな男」

 アステルも、似たような事を考えていたようだ。そして言われてみれば、あの皇子の顔は蛇そっくりだった。

「あの人、誰ですか?」

 もうかなり皇子達からは遠ざかっていて、アステルの私室はもうすぐだ。並んでゆっくり歩きながら尋ねると、アステルは苦笑とも呆れともつかない顔をした。

「聞いたら驚きますわよ。ザークレイデスの第二皇子ですわ」

「ええっ!」

 琴音は思わず大声を出してしまい、あわてたアステルの掌で口を塞がれる。

 ええっ、ええっ、と、天井の高い廊下中に琴音の声の余韻がこだましていた。

「ご、ごめんなさい」

「いいのよ。まあ、驚くでしょうね。あの方の兄上ということになるんですから」

 そうなのだ。

 あの陰険蛇男が、憂いの美青年アンジュの兄だなんて。

「お父さん似なんでしょうか」

「どうかしら。ザークレイデスの皇帝陛下には、お目にかかったことがないんですのよ」

 華乃子が言うには、アンジュは母親似であるらしい。いずれにせよ、彼が蛇男と似ていなくてよかったなと思う琴音である。

「アンジュさんとは、仲がいいんでしょうか?」

「そうは思えませんわ。あの国はエンディミオンと違い、生まれた順ではなく能力の高さで皇位継承者が選ばれますの。だから兄弟ならば争うことの方が自然で、第一皇子から第三皇子まではいつも何かしら競い合っているという噂が流れてくるわ。第四皇子はそういうことが嫌で、自ら希望して継承権を放棄なさったと聞きますが」

「へぇ」

 そして第五皇子であるアンジュは、エンディミオンで神官となっていた。

 彼はなぜ、この国へ来たのだろう。なぜ神官の道を選んだのだろう。

「そういえば、第四皇子はあの国の皇子にしてはめずらしく、争いや権力を嫌う方だったらしいですわ。……アンジュレイン様と似てらっしゃいますわね」

 アステルは、足を止めて考え込む。琴音は数歩先から彼女を見守っていたが、次第に彼女の目がきらきらと輝き出すのを見て驚いていた。

 何か思いついたのだろうか。もしかして。

「琴音、お祖母様のところへ行きましょう」

「え、ど、どうしたの?」

 アステルは答えず、ドレスの裾をつまんで走り出した。琴音は教科書類を落とさないようしっかり抱え、何とかそれについていく。

 体育は苦手なのに。アステルはあんなハイヒールで、どうしてこんなに早く走れるんだろう。間に三人くらいは入れそうなほど、引き離されている。

「お祖母様」

 やがて辿り着いた皇太后の部屋に入るときも、アステルはどういうわけか息も切らしていなかった。琴音が必死に呼吸を整えようとうずくまっている間にも、彼女は窓辺に座る祖母の下へ駆け寄って、熱心に訴えていた。

「お祖母様お願い。ザークレイデス皇国へ、短期間でも訪問できるようにしてください。思いついたことがあるんです」

「一応聞こう。でも、あんたが自分の立場をわきまえていないような話なら、協力は一切しないよ」

「はい、ありがとうございます」

 このやりとりの間に、琴音はやっと動けるようになった。遅まきながら「失礼します」と一言断って、ゆっくり二人に近づく。

 アステルは、真っ直ぐに背筋を伸ばして祖母を見つめていた。そして、一気に言葉を押し出す。

「ザークレイデス皇国の、第四皇子殿下にお目にかかりたいんです」

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