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7 派遣先は異世界

 最近の日本でこんな光景を見られるとしたら、北海道辺りじゃなかろうか。少なくとも都会のビルの五階で開けたドアの向こうに広がる景色ではない。

 パノラマ効果でジオラマと映像を組み合わせたアトラクションだとしても、どこか人工的な嘘臭さがはっきり解るものだ。江戸川さんのパノラマ島には騙されない自信がある。

 だが目の前にある場所は違った。

 頬に当たる風には遠い場所から運ばれた乾いた清涼さがあり、空調には出せない濃厚な草の薫りが含まれている。

 太陽の輝きと熱は照明なんぞの誤魔化しは無く、蒼空の高さと浮かぶ雲の質感も描き割りや投影では遠く及ばない迫力だ。

 間違いなく、視界に映る数キロ四方が本物の自然。

 月香は慌て振り向いた。

 思わず一歩出て来てしまった扉が、消え失せているかも知れない恐怖に刈られたのだ。

 似たようなシュチエーションで異世界に跳ばされて路頭に迷うラノベヒロインが頭を過った。

「驚いたかな?」

 だが、彼女の杞憂をよそに、超美形な面接官は開いたドアの前でニコニコとこちらを見ている。思わず安堵ため息が漏れた。

「これは、何なんですか?」

 もう一度周りを見回して、まるでどこで○ドアが草原の真ん中にある丘の上に、ぽつんと開いたがごとき様を確認する。

 月香の戸惑いへ、面接官は眩し気に空を眺めた後、とってもドヤ顔で頷いてみせた。

「君の仕事場だよ。ここの住人は知らないが、ウィヅと名付けられた世界だ」

 自信満々で理解したくない事を言い放つ。

「ウィヅ?」

 ぼんやりとおうむ返しに呟けば、面接官はうむうむと頷き返す。

「言うなれば、いわゆるひとつの異世界だな」

「どこのミスターですか」

 思わず突っ込みを入れれば、面接官は嬉しそうに人差し指を上げてみせる。どうやら突っ込み待ちのボケだったらしい。つまり、遠慮は要らない訳か。

 月香が妙な納得をしている間に、面接官は扉から離れて近寄ってくる。

「君の仕事に関しては、とある人物から説明がある。君の同僚となるバイト君も追って到着するはずだから、一緒に聞くと良いだろう」

 そう言いながら、今度はさっき渡された鍵より一回り小ぶりな鍵を手渡してきた。可愛い雫型の青い石が嵌めてある。

「この鍵の使い方って、どうするんですか? ええと、面接官さん?」

 呼び方が判らないから、とりあえずわかっている役職で呼んでみた。

 相手は『おお』と、手を打った。

「私の事はマネージャーと呼んでくれたまえ。その鍵は、どちらも鍵穴があるドアならどこでも差し込める。そうすれば君専用の扉になる大事なものだよ。大きな鍵はあのオフィスに戻り、家に帰れる。勿論、出勤にも大切だ」

 言われて初めて、自分がとんでもない危機に直面している事実に気が付いた。

「ちょ! 待ってください! これってとんでもなくないですか? 帰れなかったら異世界に取り残されるって事ですよね? いや、わたしだめです。辞めさせて下さい!」

 にわかにパニックを起こしてポカリと開いた扉の向こう、真っ白な部屋へ戻ろうとするものの、肩にポンと置かれたマネージャーの手が意外な強さで月香を止めた。

「助けて! 拐われる!」

 思わず悲鳴をあげると、マネージャーのため息が背後に聞こえた。

「落ち着きたまえ、わが社も君に路頭に迷われては困るのだよ。それに、もう時間だ」

「え?」

 とても嫌な言葉と共に、月香の手が薄く光り出す。

「初仕事だ。頑張ってくれたまえ。君の時計のタイマーを帰社時刻にセットしてあるから、きりのよいあたりで戻ってきたまえ」

 光と共に薄くなる自分の体に竦み上がる月香を他所に、マネージャーな親指を立てて応援ポーズをしてくれた、はっきり言って余計なお世話だ。

「そうそう、石の着いた鍵は、最新トイレだ。ドレッサー&シャワールームにクローゼット付きだよ」

 体が消えかけているのに、ちょっとだけ嬉しかった。

「なお、例によって君、及びバイト君以外のメンバーが捕らえられ、または死亡しても、当局は一切関知しないのでそのつもりで」

「テープじゃなくて、何で私が消滅するんですか?」

 消えかけの月香には、そう突っ込むのが精一杯だった。


 それが、三十分前のこと。

 さすがにどうやっても帰れず、その場に突っ立っていても喚いてみても踊ってみても無駄だとわかった時、月香は取り乱すよりこれからを冷静に考えることを選んだのだった。

 まず、現場の確認。

 草原である。野っ原である。四方八方人家らしきものはない。

 荷物は、仕事に必要と思われるポータブル電子メモと、普通の筆記用具、その他の文房具、ハンカチ、ティッシュ、化粧道具など。飲み物とおやつも入っているから、少しの間は大丈夫そうだ。

 それでは最後の問題――これからどうするか。

「仕事、って言ってもなぁ……」

 仕事内容は、事務全般といっていた。原っぱのど真ん中では事務もくそもないから、ここは仕事場ではないということになる。

 つまり。

「ここからまた、仕事場に連れて行かれる……?」

 可能性は、ないわけではなさそうだ。

 迎えが来る、という考えは少し月香を落ち着かせた。鞄からハンカチを出して、草の上に敷く。そこに体育座りして、改めて月香は目の前の【異世界】を眺めた。

 美しい。

 空がこんなに濡れたように鮮やかで青いのを、月香は見たことがない。雲はその青を抱いて流れているようだ。草の緑も瑞々しくて、見つめているとなぜか泣きたくなる。

 何というところだろう、ここは。

「あ、あれ?」

 ちょっと鼻にかかった甘い声が、背後で聞こえたのはその時だった。

 振り向けば、『女の子』がいた。

 少し天パで色素が薄い髪はふわふわと背に踊り、風に遊ぶ。グロスでも付けてるのかのように濡れて見える濃い山桜色の唇は、程よい厚みでぷるんとしていた。それを目立たせる白い癖に若い健康な肌は、艶と弾力がありそうで、なぜか抱えている赤ん坊と大差ないベビースキン。

 これはさぞや水を弾くだろう。

 朝晩のスキンケアが気になりだした自分とついつい比べるのは(サガ)(ゴウ)か。

 いきなり現れた子連れの少女をぼんやり眺めていると、顔の半分はありそうなでっかい薄茶の瞳が大きく開いた。

「もしかして、貴女が河野月香さんですか? マネージャーさんの言ってた」

 女の子はぴょこんと月香の横に膝を付き、赤ん坊を抱えたまま頭を下げる。

 うわぁちっさい。

 若いお肌の次に華奢な小柄さに目が行く。

 大柄な自覚はあるが、体育座りの自分と膝立ちの状態で顔が真横だ。150あるかどうかの背丈だろう。

「あたし、美原琴音です。今日からバイトです。よろしくお願いします!」

 赤ん坊に鼻がぶつかるんじゃないかと思う程の勢いで下げた頭を、またもやぴょこんと上げる。

 いちいち動きが小動物っぽい。

 女の子の膝の上で、おしゃぶりくわえた赤ん坊が可愛い歓声を挙げた。

「よりょちく〜」

 可愛い。

 乳児と幼児の中間な、俗に言う可愛い盛りなちびっこだ。

「こちらこそよろしく、美原さん」

 思わず笑みを誘われて、月香はにっこりと答えていた。

 内心は、ここまで『女の子』な子は苦手だな、と思いながら。

ヒロインズの邂逅です

先ずは乙女ゲーヒロインな琴の見た目から。

月さん、24なんだから、お肌が水吸うのは就活の疲れのせいでっせ。

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