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63.レーマサーナの加護を

 何者かが、国王の毒殺を企てた。王弟はそれに気づいていたが、普段不仲の続いていた王を納得させるためにも、毒の有無を他者の目もあるところで明らかにするため、毒味役を巫女姫月香に任せた。それは、月香が自ら買って出たことで、もちろん命の安全は事前に十分考慮されていた。事実、彼女の生命に別状はない。現在国王と宰相は犯人の追求と事実関係の調査に共同で当たっている。

「――この発表内容でよろしいですか?」

「ああ、問題ないね。早速手配して、通知しなさい」

 皇太后の検閲がすんだ紙を、エリューシアは侍従長へ渡した。数時間のうちには、主な廷臣達すべてに情報が行き渡るはずだ。

「月香さん、大丈夫なんですか?」

 目を真っ赤に泣きはらした琴音が、後ろからエリューシアのマントを掴んできた。振り向いて、エリューシアは努めて軽い調子で頷いてやる。

「ほんの少ししか飲んでいなかったし、処置も早かった。大事を取って休ませているだけだから、問題ない」

「ほんとに……?」

「ああ、大丈夫だ」

 少し躊躇ってから、エリューシアはこう続けた。

「アンジュレインが付き添っている。彼ほどの治癒魔法の使い手は、王宮内にはいない」

「はい……」

 琴音は、ぐすっと鼻を啜った。

「さ、琴音。少しあちらで休みましょう。私達では、もうできることはありませんわ」

 アステルが、すかさず気を回して琴音の両肩を支え促した。エリューシアは妹に頷きかけ、部屋を出ていく二人を見送った。

「祖母殿」

 扉の閉まる音を確かめて、彼は表情を引き締める。祖母が、ゆったりと椅子に凭れた。

「アンジュレインの本名は、アンジュレイン・ジード・フラウ・ザークレイデス……。それに相違ないのですか?」

「裏は取ってあるよ。それに、ルーベウスの最後の王女にあれだけそっくりなのだからね。確実だ」

 エリューシアも、その王女の姿は写実板で見せられていた。男女の違いはあれど、目元や輪郭、全体の雰囲気はよく似ていた。

「ザークレイデス皇国の、一番若い皇子ということですね。確かにほとんど消息を聞いたことがないし、行方知れずという噂もありましたが」

「まさか、我が国で神官なんぞやっていようとはね。神殿に問い合わせたところ、入ったのはもう七年も前らしいよ。十七で見習いとなり、真面目で聡明、優秀な人物だといい評判ばかりだね。信者達からも、同僚や上の神官達からも」

 エリューシアには、果たしてそれが真実のアンジュの姿なのか、それとも裏に何かを隠した仮初めのものなのかを判断する材料がない。

「清子は、特に悪いものは感じないと言っている。悪意を持っているなら、まず清子の力から隠れおおせることは不可能だ」

「なら……」

「ただし、それだけでは弱い」

 華乃子は、気怠げな動作で立ち上がった。祖母のそんな様を目にするのは初めてで、エリューシアは胸を突かれたような気持ちになる。

 彼女の目元の皺が、急に鮮明に見えた。

「巫女姫の力は強大にして絶対。だが、完全無欠ではない」

「え?」

 エリューシアは思わず声を上げ、レナードははっと華乃子を見やる。かつて世界を平和へ導いた調和と滅びの巫女姫は、厳しい面持ちで虚空を睨んでいた。

「多くの者は、それを知らない。気づくこともない。だがアンジュレイン皇子は、巫女姫の過ちで辛酸をなめた哀れな女性の血を引いている。もし彼女が、巫女姫の弱点を息子にも伝えていたとしたら……」

「祖母殿」

 エリューシアは、咄嗟に踵を返していた。眠っている月香にアンジュを付き添わせたのは、祖母の指示だった。しかし。

「心配することはない」

 途方もない危険を指摘したのと同じ口で、華乃子は彼を制止した。

「皇子を月香のところへやったのは、根拠を手に入れるためでもある。信用と信頼を、彼が示すことができるかどうか。だが、まったく保険をかけていないわけではない」

「保険?」

 華乃子は、にやりと唇の端を釣り上げた。いつもの強気な笑みだ。

「巫女姫はね、レーマサーナが選ぶんだよ。そして常に、その身の安全を守ってくれている」

 扉が外から開いて、青ざめたザークレイデスの皇子が入ってきたのは、まさにその瞬間だった。

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