60.同じ速さで
晩餐の印象は、よく昔のファンタジーや歴史映画、アニメ、漫画で見られるものだった。つまり、長いテーブルに白いテーブルクロスがかけられ、主賓とホストが短い方の一辺に、それから長い方の両辺にはそれぞれ身分の高い方がホスト側に近い位置に座り、あとはその他大勢で腰掛けるという具合だ。
ホストはもちろん国王で、短辺の左側に座る。その隣は、縮こまっておどおどしている主賓の琴音。
月香は琴音側の長辺の一番端、琴音とは直角の位置の席に案内された。彼女の感覚では配分が悪い気がするのだが、反対側の長辺には、王に近い位置から順に皇太后、エリューシア、王弟、そして王妃、アステル、王弟の妻が並んでいる。
ちなみに、月香の隣にはレナードが座っていた。彼はエリューシアの従兄弟だが母方なので、王族の側にはつけないのだそうだ。
どうせ同じ側になるなら、レナードが琴音の隣に座ればよかったのにと月香は思った。その方が自分も王様から少し距離ができて気楽だし、何より琴音が嬉しいだろう。
あのわかりやすい少女は、自分の好意が周囲にだだ漏れであることに気づいてないようだが、何と信じられないことに、そのスケルトンっぷりをレナードは華麗にスルーしているのである。遠回しなお断りとかではない。本気でまるきりわかっていないらしいのだ。
これは月香自身の観察の結果でもあるが、王女からの補足情報があって確実となった結論だった。
アステル王女は、月香から見て左斜め前の席から謎の合図を送ってきた。『どうにかしてこの晩餐を利用せしめますわ!』という気配だけが如実に伝わってきた。
月香はあまり、色恋沙汰に興味はない。自分のことだけでなく、他の人についても。そもそも「恋愛をするから幸せな気持ちになる」のではなく、「求める幸せの形がたまたま恋愛だった」というケースが世の中の過半数を占めているだけだと考えている。
幸せは本人にしかわからないし、本人でもわかっていないことがあるものだから、周囲が勝手に決めるのはどうかと思うのだ。なのに、『え? 彼氏いないの? かわいそー! 彼氏がいなくて許されるのは小学生までだよねー!』というのは傲慢極まりないのではないか。
それはさておき、琴音の場合はレナードが幸せの形の一つであることにどうやら間違いないようだし、もしレナードにとっても同じであれば、やはりそれは幸福だろう。だからそれを両者が望むなら、協力もやぶさかではない。
琴音は、ピンクのふわふわしたドレスに、頭に花の髪飾りをつけている。化粧もしているのか、いつもと印象が違って見えた。十代なのに化粧するなんてもったいない、と二十代半ばの月香は直ちに落としてやりたくなるのだが。化粧は、始めた時期が早いほど肌の老化を早く招くのである。
「琴音殿、そろそろダンスをいかがかな?」
豪勢な食事がデザートまで全てすみ、月香が満足しながら食後の軽いお酒を堪能していたとき、国王が突然そんなことを言い出した。同じく至福の時を噛みしめていたであろう琴音は、「ふえっ!?」とか言ってお茶のカップをもう少しで落としそうになっていた。
「だ、ダンスですか?」
「食事もすんだことですしな」
断られるとはみじんも考えていないのが丸わかりの態度で、国王は琴音の椅子の後ろへ回っている。琴音がおろおろしているのに、お構いなしだ。
「陛下、若い女性に突然のお誘いは失礼ですわ」
おっとりと取りなしたのは、王妃。ものやわらかな物腰と金髪碧眼の華やかな美貌は、エリューシアと王女に受け継がれているのが明らかだ。恐らくは、芯が強くて物怖じしない性格も。
「こちらの例で言えば、社交界に出たばかりのようなものでしょう? まずは、若い者同士で交流し、くつろいでいただく方がよろしいですわ」
「む……」
「それに陛下、わたくしがお相手はご不満ですの?」
大きな子供が二人いるとは思えない、愛らしくコケティッシュな口調と仕草だった。すねたように言って首を傾げる王妃に、国王も心動かされたのか大人しくテーブルの反対側へ回り、王妃の椅子を引いて立たせると、エスコートして広くなっているフロアへつれていった。
月香が王妃の手際に感心している間に、エリューシアも立ち上がる。彼がまっすぐこちらへ来たので、月香は膝の上のナフキンを畳み、テーブルに置いた。
「この間は、一曲しか相手できなかったからな」
フロアへ進み出ると、エリューシアはごく自然に月香を抱き寄せた。音楽は、いつの間にか始まっている。けれどステップや振り付けを気にする様子もなく、彼は月香をゆったりリードしていた。
「すまないな、見苦しいところを見せて」
先ほどの国王の行動のことだと、少し離れた場所でささやかれてすぐわかった。
「いいえ。王妃様はすごいなと思いましたが」
「父上の婚約者選定の際、祖母殿に気に入られてな。ご実家はそれほど裕福でない貴族だったから、当時相当話題になったらしい」
「なるほど」
確かに、異例の玉の輿だ。日本でたとえるなら、ちょっとそぐわないかもしれないが足軽から天下人になったというくらいの大出世だろう。それだけに、口さがない人々の身勝手な噂や中傷もあったのではないだろうか。
「父上をうまく操縦できるのは、母上だけだろうな。私では喧嘩になるし、アステルは相手にされないし、祖母殿に至っては頭から抑えつける」
月香は、はっとした。エリューシアの苦笑は、背後でくるくる踊るランプの光に照らされている。
「父上のお気持ちも、わからないわけじゃない。父上の努力や苦悩は、そばで見てきた。次第にそこから遠ざかっていくときの、どうしようもない諦めのご様子も」
前に、皇太后は言っていた。長男である現国王は、あまり支配者向きではなかったと。次男の方がずっと向いていたと。
「私は孫だからな、父上よりは気楽なものだろうと思うが、それでも時折やりきれなくなることはある。自身が優秀な人間は、それを常に見上げて支配される側の惨めさなんて想像もつかないなんてことはよくある」
エリューシアは、月香にとっていい上司だ。初対面は正直あまり芳しくなかったが、実は真面目に仕事をする人だし、気配りもできる。事実、月香のことを気にかけてくれた。一見強引だが、相手が本当にいやがっていたり困っていたりするときに、自分の主張を押しつけたりはしない。
そういう彼の性格は、きっと近くで父と祖母の関係を見てきたから培われたものなのだ。
「だけどな」
いつの間にか、曲が終わっていた。それでも次のダンスを始めようとはせず、エリューシアは部屋の隅に月香を導いた。女性の彫像が飾られていて、その陰に小さなソファーがあった。そこに座ると、ちょっとした死角になるようだ。
「だからといって、他のものを巻き込んでいいということにはならない」
月香だけを座らせ、彼は背を向ける。視線の先は、どうやらテーブルだ。
国王を見ているのか。
「父上の苦しみや悩みは、完全にはわからない。想像できるだけだ。いや、父上以外の誰にも、正確に理解なんてできない。そんな当たり前のことを振りかざして、『わからないくせに』と周りを責めるのは、そもそもがおかしなこと。相手が反論できないのをわかってそうするんだ、最低で卑怯なやりかたじゃないか?」
月香は、声に出して同意はできなかった。軽々しく相づちなんて打てなかったから。だから、ただじっと続きを待った。
「仕えてくれる者達の大半が、父上と叔父上のことで大なり小なり奔走してくれた。お前達の――私の直属の者達の仕事量が増えたのも、そのとばっちりだ」
エリューシアは、振り返る。そして。
「申し訳ない」
「ちょっ、殿下!」
深々と頭を下げるエリューシアに、月香は跳び上がって駆け寄った。
「駄目ですよ、そんな。頭を上げてください」
「しかし……」
「いいんですよ。仕事してればそんなの当たり前なんですから。むしろそんな事情があったなんて考えもしなかったから、とばっちりとか思うどころじゃありませんでしたし」
上から寄越される仕事を、ただ終わらせる。会社勤めとはそういうものだ。
それ以外のことは、まったく考えていなかった。エリューシアが、責任を感じてくれていたなんてことも。
「私の方こそ……ごめんなさい」
「月香?」
「私、殿下のこと、ただの……なんて言うかな、ポジション? っていうか、ええと……まあとにかく、殿下が悩んでいらしたことなんて、まったく気づかなくて……」
上司。職場に於いて共同で仕事を進めていくための存在。そんな風にしか、彼を見ていなかった。いつもそうだったから。いつの間にか、自分も含めて職場にいる者達は、人間ではなく部品のような感覚で捉えるようになってしまっていた。
「私が、他の人達から敬遠されるのって、自業自得だったんですね」
人は、自分を認識して好意を持ってくれる相手にしか、同じ感情を返さないものだ。月香は、ただ仕事をしていただけだった。周りの同僚達は、同じ作業を進めていく上で協力するだけの関係だとだけ考えていた。
親愛や、情など、少しも持っていなかった。
「……月香」
自然に、顔が下を向いていた。その頭に、優しい重さと温もりが降りてくる。
「大丈夫だ」
きっと彼も、何をどう言えばいいかわかっていなかったのだろう。聞こえてきたのは、要領を得ないそんな言葉だけ。
それでも、月香は確かに感じた。彼の手が温かいことと、彼が伝えたかったことを。
「大丈夫だから」
「……はい」
手が、ゆっくり離れていく。それと一緒に視線を上げていくと、少しだけはにかんだようなエリューシアの笑顔に辿り着いた。
「向こうに戻るか」
「はい」
視線を交わすのもそこそこに。エスコートも、ぎこちなく。
それでもテーブルまでの短い距離とはいえ、同じ速さで二人は歩いた。




