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59.警告

「晩餐の席が一番いい」

 国王は、そう言い張って譲らなかった。

「皇太后陛下もご出席されます。まして、絶対の守りの力を持つ巫女姫が席に連なるのです。感づかれて、陛下の御身が危うくなるかと」

「私は王だ!」

 国王がばしんと乱暴にテーブルを叩くと、衝撃で杯が倒れ、こぼれたワインが他ならぬ王の手を汚した。

「何ということだ!」

 毒づいて、国王は彼を睨みつける。手からワインを拭き取れということだろうか。だとしたら、ごめん被りたかった。

「畏れながら、陛下」

 促すような情けない視線には気づかない振りで、彼はおっとりと話を続けた。

「もう一度お考え直しを。晩餐では、私はおそばにいることはできません。万一何かあっても、陛下をお守りできないということです」

「だが、もう二度と機会がないやもしれぬ」

 いらいらと国王は立ち上がり、出入り口を多い隠す分厚いカーテンで手を拭った。上質のビロードでは、恐らく思うように拭き取れなかっただろう。戻ってきた国王の顔は、あからさまな不機嫌を浮かべていた。

「機会がない、とは?」

「奴は、一週間後には領地へ戻る」

 初耳だった。

 彼の沈黙から、国王は珍しくその内心を読みとったらしい。どこか得意げに言葉を続ける。

「皇太后陛下のご命令だ。長く領地を開けすぎて、基盤の保持を疎かにしてはならぬとな。ふん、そのまま永久に戻ってこなければよいものを」

 確かに理屈は合っているが、この時期に、こんなに急に、王弟が領地へ戻る必要はないはずだ。特に大きな問題や災害が起きたという話は聞かないし、王弟の領地は敏腕にして信頼の厚い副官が代理として治めている。たいていのことなら、副官の采配で何とかするのが常だった。

 感づかれた、のか。

 彼は、なおも弟への不満を垂れ流す国王に適当な相づちを打ちながら考える。

 細心の注意を払ってきたつもりだが、人のすることである以上どうしても痕跡は残ってしまう。皇太后、あるいはエリューシア王子あたりがそれを見つけだし、何かを探り当てた可能性は十分あり得た。皇太后は王弟を一度宮廷から遠ざけることで、国王との諍いを一時的にでも止めようという腹なのかもしれない。

 しかし、いずれ自分のことに気づかれることは想定済みだ。皇太后もエリューシア王子も、それくらい探り当てることができる人物だし、そのための手段も人材も豊富なのだから。だから、どうしても証拠や痕跡を消しきれないなら、逆手を取ってそれらに別の見方を与えてやるほうが早い。そのための対策はいくつか練ってある。たとえば、彼自身の出生について。

 あの史上にも希な出来事は、滑稽であると同時に悲劇でもある。特に、一族全て殺された王女のその後の人生は。いざというとき、これは大きな切り札となる。

 不幸な出生、辿ってきた苦難の生い立ちというのは、ありふれて安っぽいほど人の同情を買いやすいものだ。

「とにかく、明日決行する。これ以上はもう我慢できない」

 そう、考えようによっては、それがいいのかもしれない。

「わかりました。それでは、至急手配いたします」

「頼むぞ」

 一礼して、彼はカーテンをめくり扉まで下がる。危うく、ワインで濡れた部分を掴むところだった。手を汚さずにすんだことに少し満足して、廊下に出た彼は足早に秘密部屋の入り口から遠ざかる。

 次第に、周囲が明るくなってくる。蝋燭の火が絶えずふんだんに点されているのだ。人の行き来が多いこともあるが、何より王族の居室に近いから。影という死角を作らないための配慮だ。

「あっ、こんばんは」

 明るい声が、突き当たりの角から飛んでくる。無邪気な笑顔が、それと同時に現れた。

「琴音」

 一瞬どきりとしたのを感づかれないよう、彼はすぐに笑みを作った。もっとも、この少女はそれほどめざとい方ではないから、無用の心配だったかもしれない。

「こんな時間なのに、まだお帰りではなかったのですか?」

「はい。今日は特別に許可をもらったので、女子会のお泊まりなんです」

 『ジョシカイ』の意味はわからなかったが、どうやら王女の部屋で一晩泊まるのだということは察せられた。

「シディアさんの妹さんのミュージアさんとも、お友達になろうと思って。すごくショックなことがあったみたいだから、楽しいことをした方がいいかなって」

「そうですか。いい考えかもしれませんね」

「えへへ」

 琴音はそれからしばらく話し、やがてぺこりと頭を下げて去って行った。

 彼女の巫女姫としての力は驚異だが、妨害される可能性はあまりないと考えていいだろう。まだ自由に使いこなせていないようだし、その瞬間に何らかの理由をつけて彼女を遠ざけておけばいい。王子の暗殺未遂、シャンデリア落下の防御、どちらも彼女がその場にいたから力の発動が万全だった。

 ふと、視線を感じて彼は振り返る。そしてそこにいた小さな人影に目を瞠った。

 黒い髪に金の瞳の、謎の赤子。

「レマ」

 よちよちとやってくる赤子のために、彼は身を屈めた。

「どうしたの? 琴音は向こうに行ったよ」

「あい」

「一人で行けないなら、連れて行ってあげようか?」

 頷くかと思ったが、意外にもレマは首を振った。

「にいた」

 舌っ足らずな言葉が、妙に強く響いた。

「わりゅいこと、らめ」

 アンジュが、何も返せないでいるうちに。

 レマは覚束ない動きで、廊下の向こうへ走り去った。

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