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58.面影双紙

「明日、晩餐に招待するそうだね? 巫女姫二人を」

「はい」

 内密の話がある、と一人呼ばれた皇太后の居間で、レナードは内心緊張していた。

「まったく、不肖の息子二人にも困ったものだわ。エリューシアの報告どおり、あなたも何らかの作為が働いていると考える?」

「恐れながら。こうも偶然がうまく働くとは、私にも思えません」

 慎重に答える。皇太后は小さく頷いただけだったが、その瞳の中に微かな満足の色を認めた気がして、レナードはふっと息を吐いた。

「あなたは、私の腕白な孫息子が心から信頼する相手。だからこそ、こうして来てもらったのよ。晩餐には、あなたも出席してちょうだい」

「は?」

 思わず、目を見開く。

 巫女姫を招くという問題の晩餐の席は、非公式のもの。つまり王その血に連なる家族だけが集まることを許される場だ。レナードは王妃の甥だから、本来なら出ることを許される立場ではない。

「私がなんとか理由を作る。それこそ、巫女姫のための補佐とかね。仲の悪い息子二人で、片方が公私をわきまえず空気も読まないとなったら、飯がまずくてしょうがないでしょ」

 皇太后に『飯』とか真顔で言われて、どういう表情をすればいいのかレナードは一瞬真剣に悩んだ。

「でも私以上にいたたまれないのは、かわいい孫達とよくできた嫁達、そして私の可愛い後輩達だからね。あなたは気配りができるから、そういう場合になんとかしてほしいのよ」

「……最善を尽くします」

 即答、した。

 エリューシアはあまり表に出そうとしないが、父親と叔父のもめ事に心を痛めているのを知っている。なんとかそれを解消しようと、心を砕いているのも。

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」

 皇太后は微笑んで言いながら、小さな四角い板をテーブルに置いた。『写実板』と呼ばれる魔法の道具で、使用する者が頭に想い描いた図像や人の姿などを映し出す。

「皇国へ行ったとき、ついでにいろいろと情報収集してきた。その中で興味深かったのが、第五妃の生んだ皇子が何年も姿をくらましているという話だ」

 ザークレイデスの第五妃マグノリア・カァン・トラストノアは、今のところ一番最後の側室だ。だがその出自のためか、彼女自身も彼女の息子もこれまで表立って世の中に姿を見せたことはない。一説によれば、第五妃は重い病で幽閉同然の身の上だとも言われている。

「第五妃の皇子というと、現在の年齢は二十四、五ほどでしょうか」

「そのくらいだね。唯一わかっている情報では、第五妃によく似た美貌と、ザークレイデスではあまり見られない髪色をしているということだった。おそらく、ルーベウスの民の特色を受け継いだのだね」

 ルーベウス王国。三十年ほど前に悲劇の終焉を迎えた国。レナードももちろん、名前や簡単な歴史くらいは学んでいた。

「私がその謎の皇子を気にかけたのはね、ルーベウスの辿った結末に無関係とも言えないからなのよ」

 どう言うことなのかとレナードが問う前に、皇太后の指は写実板を滑る。魔力が注がれて、板が淡い緑色の光を放ち始めた。

「昔の姿だけどね。でも、逆に幸いかもしれない」

 写実板から、すっと細い女性の姿が浮かび上がる。白いドレスを着た、若い娘だ。

「ルーベウスの王女よ。私が見たのは、このくらいの年の時だけだったけれど」

 長い黒髪は、結わずに腰まで流している。ルーベウスでは、未婚の女子は髪を結ってはならないという風習があったらしい。明るい笑顔と、聡明そうな青い瞳が印象的だ。

「誰かに似ていると思わないかい?」

 訊かれて、レナードは改めて娘の顔を観察する。確かに、どこかで見たような気がした。そう遠いことではない。つい最近のこと。

「私も気づかなかったのよ。清子が指摘してくれなければ、気にもかけなかったかもしれない」

 記憶の中の面影と、目の前の王女が重なる。声を上げなかったのは、意外な思いが強すぎたためかもしれなかった。

「しばらく、彼も見張ってみようかと思っている。それとなくでいい、あなたも気をつけておいてほしい」

「かしこまりました」

 神殿は、神に仕えたいと希望する者の過去を問わない。同じ信仰さえあれば、彼らにとっては誰もが平等となるからだ。

 だから彼は、神官という道を選んだのに違いない。

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