52.マカロンはおいしかった
月香が、元気がない。
そのことに気づいた琴音は、しかし何をどうすればいいかわからなかった。
直接「大丈夫か」と訊いてみても、「大丈夫だ」としか返ってこない。おやつを差し入れに行ってみても、礼を言われてそれきり帰されてしまう。楽しい話題を振ってみようとしても、いまいち乗りが悪い。
「琴音殿」
この家の当主の声に呼ばれて、琴音は肉を突き刺したフォークを空中で止めた。
「料理は口に合いますかな?」
「は、はい。とってもおいしいです」
答えてから、改めて肉を頬張る。柔らかくてジューシー、それでいてくどくもしつこくもない上品な味。どうやったらこんなに柔らかく焼けるんだろう。いつも焼き肉をすると、琴音はつい焼きすぎて固くなってしまうのだ。ぜひコツを聞きたい。
「それは何よりでした。まだまだ用意しておりますのでな、堪能していってください」
「はい、ありがとうございます」
おいしい料理でにこにこしていた琴音は、コップに手を伸ばそうとして隣の月香の表情に気づいた。
いつもと違う華やかなメイクで、月香はより一層美人になっていた。美容院に行ったのか、髪のセットも完璧だ。さすが社会人は、公式の場に出るための身支度もしっかりしている。
パーティの時のお礼を、ということでの招待が現実になったのは、あの夜からちょうど一週間目のことだった。二日前に招待状が正式に届けられて、琴音はアステルやレナード、エリューシアにいろいろ教えてもらったりしてばたばたした挙げ句、新しい黄色のドレスと花の髪飾りでばっちり装ってみた。テーブルマナーその他は、あのパーティのためにそもそも練習していたので、心配はなかった。
心配な点は、むしろまったく予想しなかったところにあったのだ。それに琴音が気づいたのは、招待主の館の玄関前で馬車を降りたとき。
「ようこそいらしてくださいました!」
エントランスに入っていくなり、大仰な仕草で出迎えた当主に、琴音はとりあえず挨拶をした。棒読みになってしまったのが恥ずかしかった。
「何の何の、そう固くなることはございません。ごく身内だけの晩餐でございますからな。さ、さ、どうぞどうぞ。向こうで私の家族が待っております」
「あの……」
当主がしきりに手招きするので、琴音は困惑してちらりと後ろを振り返った。当主も琴音と同じ方を見て。
嘘くさいほどの愛想の良さが、その瞬間消えた。
「これは失礼を。もう一人の巫女姫殿。ええと、確か――」
「河野月香と申します」
グレーと黒の、質素なデザインのドレスの月香は、抑揚のない声で言って頭を下げた。
「本日はご招待いただき、ありがとうございます。フィアット伯爵閣下」
「おお、そうそう。ではどうぞ、こちらの部屋へ」
月香の挨拶を軽く流して、伯爵はともかく二人を屋敷の中へと案内した。
「それで、夕食の最中もあともずっとそんな感じで……」
晩餐の翌日のバイト終了後。琴音はとうとう耐えきれなくなって、マネージャーに相談することにした。雑談の時と同じようにお茶とお菓子を用意してくれたマネージャーとルドルフは、ふむふむと頷きながら話を聞いていた。
「えこひいきなのじゃ」
まずそう言ったのは、ルドルフだった。
「えこひいき?」
「うむ。みんな、琴音にやさしくして、月香にはやさしくないのじゃ。えこひいきなのじゃ」
もふもふしたまんまるのくまの表情はぽへーっとしていて、怒っているようには見えなかったが、本人(本熊?)は「ぷんぷん」とか言っている。口で。
「確かに依怙贔屓と言ってもいいだろう。あからさますぎるのがまた何とも」
マネージャーは、やれやれと肩をすくめた。
「だが、あからさますぎて逆におかしいな」
「え?」
首をかしげる琴音に、マネージャーは「まずお食べ」と言いながらお菓子の皿を差し出した。今日のおやつはマカロンだ。クリームも含めて全部手作りらしい。
「貴族達というのは、どこのどんな世界でも老獪だし計算高い。感情の好悪をそれほどわかりやすく表に出すようでは、政敵に出し抜かれる。しかも、ほんの些細なことですら利用されたりするから、常に自分の感情や考えは内に隠すのが習慣になっている。どんなに関係ないようなことに対しても、だ」
「はい」
よくわからないが、頷く。マカロンがおいしかった。
「琴音と月香に対して、だからそんなにわかりやすい扱いの差をつけるというのが不自然だと思うのだ。琴音は確かに人々の命を救ったが、月香だって王子の秘書官だ。彼女に対して不当なことをして、王子の機嫌を損ねたりするかもしれない可能性が、ないわけではない」
さくさくとマカロンを食べながら、琴音はうーんと考える。つまり、要するに。
「月香さんに意地悪したら、王子様に仕返しされるかもしれないってことですね?」
「そうだ。それくらい、わかっていないわけはないはずだ。なのにその態度というのは……」
今度はマネージャーが考え込んだ。
「何か引っかかるな」
琴音がさらに三つのマカロンに手を伸ばしたとき、ようやくマネージャーは呟いた。
「月香からも話を聞いてみる。もっとも、私からはアドバイスしかできないから、あまり役には立たないが」
「そんなことはないですよ」
マカロンを握りしめ、琴音は言った。
「お話聞いてもらって、何か教えてもらったら、どうやってがんばったらいいかわかりますもん。役に立たないなんてこと、ないです」
マネージャーは、ゆっくり微笑んだ。優しい手が、琴音の髪を撫でてくれる。
「琴音のように、何でも相談してくれるとありがたいのだがな」
月香のことを言っているのだと、わかった。
何でもできてしっかり者で、あんな風になれたらと琴音は思う。琴音のように何でも誰かに相談しなくても、自分で考えて解決できる人だから。
「さ、そろそろお帰り。また明日。琴音」
「はい、お疲れ様でした」
残ったマカロンはお持ち帰りボックスに分けてもらい、琴音は魔法の鍵で自宅玄関へ扉を繋いだ。




