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51.不穏

 エリューシアは今まさに書類に印を押そうとしていた手を止めて、レナードの顔を見つめた。

「どういうことなんだ?」

「わからない。ただ、主に三日前のパーティの出席者達を中心にして、ことあるごとに琴音に接近しようとする動きが顕著だ」

 とりあえず印を押してしまってから、エリューシアは書類を傍らへ放った。

「琴音はどう言ってる?」

「特に……というより、戸惑っているばかりだな。元の世界でもこんなことはなかったようだし、まだ年も若い」

 エリューシアはうなずいて、考え込んだ。

 琴音のことを思い出すとき、必ずと言っていいほど彼女はほんわりとした曖昧な表情だ。元気はいいが、明確な意志や主張をすることは滅多にない。それは、三日前に力を発動させてからも変わっていない。

「琴音に近づこうとしている奴らは、何が目的だって?」

「命の恩人に礼をしたい。エンディミオンを守ってくれるだろう新たな巫女姫に歓迎の意を表したい」

「まあ、そんなところか」

 本心であっても別におかしくはない理由だし、裏に何かあるとしてもそういわれると容易に穿ちようがない。

 しかし貴族達が、琴音を政争の道具にするという可能性は低いように思われる。彼女は巫女姫だが、政治的な利用価値は皆無に等しい。強いて言えばアステルと親しく、そこからエリューシア達王族への繋ぎにできるかもしれない、ということくらいか。

「わかった。すまないがレナード、琴音の身辺にこれからも注意していてくれるか?」

「もちろんだ」

 滅多に笑みを見せない従兄弟が頬をほころばせたので、エリューシアは心強く感じるのと同時に意外に思った。どういうわけか自分とアステル以外に親しい友人を持とうとしないレナードも、あの娘には何かしらの好意を抱いているのだろうか。

「月香の方は、幸い私の書記官だからな。何かあったら報告するように言っておく」

「月香?」

 レナードが不思議そうに首を傾げたのを、エリューシアは奇異な思いで見やる。

「何だ?」

「いや……」

 一度は言葉を濁したが、レナードは結局話した方がいいと結論を出したらしい。

「月香は、無視されている」

「何?」

「少し語弊があるか。琴音に注目が集まり、巫女姫としての人気も高まっているが、月香はそうではない。むしろ……」

「無視、されている?」

「というよりも、もっと悪いかもしれない」

 無視よりも、もっと悪い。ということは。

「誰か月香を悪く言うような奴が?」

「あからさまではないが、巫女姫の資質の有無を疑問視し、それを彼女は敏感に感じているようだ。仕事部屋でも何かあったらしい」

 エリューシアは、眉をひそめた。

 一日の大半は、月香は彼の直属部下達のいる大部屋で過ごしている。武官、文官様々だが、今までこれと言った悪い話は聞いたことがなかった。それどころか、彼女のおかげで仕事がやりやすくなったという声が多いくらいだった。

 巫女姫の資質。それだけのことで、こうも掌を返したように変わるものなのか。まだ彼女が来るようになって数ヶ月だが、人となりと能力を知るには十分な時間ではないか。

「琴音の力の発現は、確かに劇的すぎた。噂が噂を呼んで、神格化されているくらいの勢いだ。それに彼女はそれ以前にも、お前を助けている」

「ああ」

 王子への襲撃を防いだ。大事故になるような出来事を回避した。事実が二つもあれば、人の心に強い印象を残すには十分だ。そしてそれがあんな年若い少女だと言うことも驚きに拍車をかけ、よりいっそう注目される要因なのかもしれない。

「月香と言えば、ひとつ気になることがある」

 エリューシアの考えごとがひと段落つくのを見計らっていたかのような絶妙の瞬間に、レナードは再び口を開いた。時々本当に心を読まれているのではないかと疑いたくもなるが、それはとりあえず置いておくことにして、エリューシアは視線で先を促した。

「あのパーティの時。シャンデリアが落ちた後のことで、どうしても確認がとれないことがあっただろう?」

「ああ。彼女の……」

「やはり、該当する報告も、それらしき者もいないと考えてよさそうだ」

 エリューシアの眉間に、また深い縦皺が現れる。

 ならば、誰かが嘘をついたのか。それしか考えられない。だが、何のために。

 頭の痛いことが多すぎる。エリューシアは眉間をもみ、レナードが心配そうに彼を見ているのに気づいて、無理矢理笑ってみせた。

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