49.巫女姫への歓迎。そして……。
「おお! この方があの巫女姫!」
「なんと愛らしい! あどけない瞳が何とも……」
パーティの翌日、朝の支度を済ませて迎えに来たレナードに連れられて朝食に行こうとしていた琴音は、なぜか偉そうな中高年男性に取り囲まれていた。
「巫女姫、あの夜助けられた者です! せめてもの感謝の印として、是非我が家の晩餐へおいでいただきたい!」
どうやら貴族らしい。琴音はおろおろとレナードを見上げるが、彼が口を開くよりもおじさん達の勢いの方が激しかった。
「なんと、それはこちらとて同様ですぞ。巫女姫、我が家にも是非!」
「いやいや、まず我が家へ!」
「いやいや!」
いっぺんにそんなことをまくし立てられても、怖いだけである。
琴音は思わず三歩ほど後ずさり、なおも押し寄せようとする貴族達と彼女の間には、レナードがするりと割り込んだ。
「一度にそのようなことを申されても、巫女姫が疲労されるだけ。礼儀に乗っ取って懇意になるなり招待するなりの、若き淑女への配慮を怠ってもよいとお考えか?」
かっこいい。
言葉が難しくて半分くらい聞き取れなかったけれど、かっこいい。
琴音はぽーっとなり、中高年の貴族の男性陣は照れくさそうに互いに顔を見合わせた。
「確かにその通りですな。はっはっは、しばらくぶりに光臨された巫女姫とあって、少々とりのぼせてしまったようです」
頭がつるりとはげ上がった、太ったおじさんがにっこりと琴音に笑いかけた。
「失礼をお許しください。私はフィアット伯爵家当主、モリード・ギリアム・フィアット。先日は命を助けてくださり、ありがとうございました」
フィアット伯爵が礼を述べるのに続いて、数人が同じような名乗りと感謝の言葉を口にした。
「い、いえ。私夢中で……」
「なんと奥ゆかしい。巫女姫、あなたのおかげで助かったことは、動かしようのない事実なのです。我らは皆感謝し、それを伝えたいと思っております」
「さよう。巫女姫、あなたは我らの命の恩人です」
「そんな……」
赤くなって、琴音はレナードの後ろにもう一度隠れた。
昨夜のことは、まだぼんやりとしていて夢のようだ。自分が巫女姫の力を発動して、シャンデリアの落下を食い止めたなんて。
あの場でエリューシア達から説明されても、まったく実感が湧かなかった。今だってそうだ。
第一、どうやって力を使ったのかもわかっていない。
「巫女姫」
フィアット伯爵が、背筋を伸ばす。
「改めて、ご招待申し上げたい。ぜひ晩餐へ来ていただけないでしょうか」
「えっと……」
困った琴音が視線を向けると、レナードはしっかりと頷きかけてくれる。
「フィアット伯爵閣下は、エリューシア王子殿下も信頼している方。もし巫女姫が困るというのでなければ、伺えばいい」
「は、はい」
「おお、真でございますか!」
フィアット伯爵は本当に文字通りぴょこんと飛び上がり、他の貴族達は羨ましそうにそんな彼を見ている。
「それでは、正式な日時はまた改めて。ありがとうございます、巫女姫。レナード殿」
琴音は一応お辞儀したが、内心まだ不安だった。知らない人の家に一人で行くのは、いくらレナードが保証してくれても心配だ。伯爵がいい人でも、自分が何か失敗をしでかさないとも限らないわけだし。
「あ、そうだ」
思わず琴音は声を上げ、立ち去りかけていた伯爵達は不思議そうに振り返る。
「あ、あの。その時、月香さんも一緒でもいいんですか?」
「ゲッカ?」
「私と同じ、巫女姫の人です」
つい勝手に決めてしまったが、月香だって琴音と同じ立場なのだから、巫女姫の招待というのであれば一緒でも構わないはずだ。というか、琴音だけというのは気が引ける。しっかり者の彼女が一緒なら、琴音も心強い。
しかし伯爵は、微妙な表情で首をひねっていた。
「あー、そうですな……。まあ、巫女姫には違いないわけですしな……」
煮え切らない伯爵の独り言に、琴音はスカートをぎゅっと握る。
なんだろう。
何を、考え込んでいるのだろう。この人は。
「わかりました、考えておきましょう」
結局最後までどっちつかずの態度のまま、伯爵はそう答えて、立ち去った。