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46.黒

 エリューシアは、ほとんど座ることもできずにダンスに誘われ、そうでなければお偉方に話しかけられているという有様だった。料理を口にすることはおろか、飲み物にすら手を出せないでいる。

 そんなわけで、月香は今フロアの隅に用意されていた椅子に一人ぽつんと座っているのだった。迂闊に知らない人からダンスに誘われても困るし、エリューシアがそんな状態なのに暢気に料理を食べたりすることも気が引ける。

 琴音達と合流できれば一番よかったのだが、無駄に広いフロアで常に動き回っている彼女達を探すのは大変そうだった。何しろ、人が多いのだ。

 エリューシアの話によると、パーティというものは、夕方から始まり夜更けに何となく終わるのだという。それから家に戻って就寝準備をしたりするのも大変だからということで、今夜は王宮に泊まりそのまま翌日の業務に入ることになっている。だから気は楽なのだが、いかんせん放置されてぼうっとしているのはつまらない。

 どうしようかな、と考える。エリューシアの秘書官であり、エスパシアでもある以上、勝手に出て行くのは駄目なような気がする。かといって、このままでは……。

「月香?」

 堂々巡りの思考を断ち切ったのは、驚いたような声だった。

 振り向いて、月香は目を瞠る。シャンデリアの光の中で異質な、漆黒がそこにあったから。

「……どうしたんですか? 殿下は?」

 黒い髪と同じ、黒の衣装。袖の折り返しまでもが黒一色で、控えめな銀糸で品のいい縁取りが施されている。こういう場合の男性の盛装、はいわゆる燕尾服のような裾の長い上着にズボンとシャツを合わせるものなのだが、シャツの抑えた白色が控えめで、逆に黒を煌びやかに見せていた。

「アンジュさん」

 茫然とした呼びかけのあとが、続かなかった。

 黒と白の中の唯一の鮮やかな色彩、光を無数に閉じ込めたサファイヤの青が強くて。

「ご気分でも悪いのですか?」

 そんな月香の様子をどう受け止めたのか、アンジュは心配そうな顔で近づいてくる。だが隣の空いている椅子に座るようなことはせず、月香が狼狽を憶えるほどに距離を縮めようともしなかった。

 それが、ありがたかった。

「いえ、大丈夫です。殿下は他の方のお相手でお忙しいから……」

「それにしても、エスパシアを放っておくなんて」

 言いかけて、アンジュは軽く首を振った。

「いや、人のことを言えませんね。私もこうして遅れてきているのだから」

 それから彼は、少しだけ躊躇うそぶりを見せたあとで。

「よければ、次の曲でお相手願えないでしょうか?」

 真っ直ぐ、その手を差し伸べてきた。


 アンジュは背が高い。それに細身に見えるが華奢ではないのだと、触れ合った部分の硬さで知った。

 月香の背中を支える腕の強さからも。

 何よりも、練習中にも驚かされたのだが、彼は相当ダンスがうまかった。

 フロア内では当然何組もが入り乱れて踊っている。社交ダンスの大会などでもぶつかったりすることはあるらしいが、アンジュは巧にそれらを避けて、月香を導いてくれている。

 今彼がどんな顔をしているのか、月香には見えない。ステップに集中してつい彼の胸の辺りにばかり視点を集中してしまっているせいもあるが、それ以上に羞恥のためだ。

 こんな至近距離で見つめ合ったら、自爆する自信がある。いろいろな意味で。

「月香」

 頭のすぐ上から、彼の声が囁いた。

「もうすぐ曲が終わります。殿下を見つけたので、そちらへお送りします」

 反射的に、月香は顔を上げた。

 シャンデリアの眩さが、そこだけ切り取られている。

 影になって、見えない。アンジュの表情が。

 月香は、思わず目を細めた。

「月香」

 気のせいだろうか。触れ合っている部分の感覚が強くなったのは。

「あなたの巫女姫としての力がどのようなものか、まだ誰にもわからない。でも……」

 音が、消えた。かわりに生じた衣擦れとざわめきが、月香達を避けて通り過ぎていく。

「でもどうか……今は」

 アンジュの言葉は、無数の音のせせらぎに呑み込まれて消えて。

 次の、瞬間。

 静かな流れは、奔流と化した。

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