44.ザークレイデスからの
皇太后の帰国は、パーティー当日には間に合わなかった。
自分の隣でさっきから知り合いとひっきりなしに挨拶を交わして回っているエリューシアが、優雅な笑顔の影で相当疲れて緊張していることを月香は見て取っていた。
何しろ、この場を本来取りしきらなければならないはずの国王が、月香の目から見てもまったく使い物になっていなかった。口にするのは宰相およびその派閥の人のの悪口、聞く耳持つ話題と言えば自分への追従というのがあからさまだ。唯一の救いは、外国からの賓客にはとりあえずまともな応対をしていたことだった。
国内の宮廷人のみでのパーティーということにはなっているが、この時期にエンディミオンに滞在していた外国からの貴人は、互いへの表敬ということで顔を出している。貴族の未亡人や、月香達の世界でいうところの駐在大使などだ。
その中の一人に、なんとザークレイデス皇国第二皇子がいると聞いたから月香は仰天した。
「別に戦争や、国交断絶をしているわけではないからな」
あわてて確かめたところ、エリューシアは平然とそう答えた。
「そりゃ、清廉潔白で無条件に信頼できるというわけではない。しかし、今のところ国家間での致命的な問題が起きているわけでもない。第二皇子は数年前から、年に一度の割合でエンディミオンへ来ている。名目は、表敬だ」
便利な言葉だな『表敬』って。
月香は心の中だけでつっこみ、仕方なくそこで引き下がった。
だが、違和感は未だに消えていない。
理由はわからないが、ザークレイデス第二皇子という人物を目にした瞬間から、それはますます胸の内で存在感を増している気がする。
栗色の髪と目の、二十代後半くらいとみられる青年だ。顔立ちは、どちらかというと普通だろうか。しかし、何となく目つきが気に入らない。口元がほころんでいても、絶対に笑わないから。
「月香」
名前を呼ぶのと同時に、エリューシアが彼女の手を取った。
「そろそろ、音楽が始まる。行けるか?」
国王と宰相がぎすぎすしているので、場を保つのはエリューシアの役目だ。常に人の目に留まり、楽しんでいる様子を演出するのも大事なことなのだそうだ。
月香は頷いて、彼のエスコートに従いホールの中心へ歩み出た。