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42.金の瞳の少年

「それでそれで、アンジュさんってすっっっっごくお上手なんですよ!」

「ほう。神官なのにダンスの心得が?」

「はい。みんなびっくりしてました」

 琴音はそこで皿の上からクッキーを一枚取り、頬張った。さくさくでおいしい。チョコが少し苦みがあるのも絶妙だ。

「ところで、今日は月香は大丈夫なのか?」

 マネージャーがお茶を淹れ直してくれたのにぺこりと頭を下げるのと一緒に、琴音は「はい」と答える。

「はい。昨日一日休んだから大丈夫だって。顔色はよくなってました」

「ふむ。それならいいが」

 美しいマネージャーが、細く形のいい指で優雅にクッキーをつまむのを、琴音はうっとり目で追いかけた。まるで貴婦人のようだ。どうやったらこんな風に、上品な動きができるんだろう。

「何か気になることがあるのか?」

「え?」

 見とれてぼーっとしていたため、そんな短い問いかけも一瞬意味を把握できなかった。

 マネージャーは、あわあわしている琴音を優しく見つめもう一度繰り返す。

「気にかかっていることがあるように見える。悩みなら、相談に乗るぞ」

「あの……」

 どうしよう。

 数秒迷ったけれど、結局琴音は話し始めた。

「私……みなさんの迷惑になってるんじゃないかって、不安なんです」

 マネージャーは、無言で続きを促した。下手な気休めや、気安い相づちを打たれるよりもずっとそれは救いだった。

「みなさんとてもよくしてくれます。でも私、何やってもうまくいかないし、物覚えも悪いし、鈍くさいし……助けてもらってばっかりです。何もお返しできないの、辛いです」

「琴音」

 ぽん、と頭に軽い衝撃があった。

「自分をあまり悪くいうものではない。琴音は、琴音にできる努力をしているはずだ」

「……そうでしょうか」

「魔法の本を、半分以上マスターしたのだろう?」

 琴音は頷いた。

 確かに、気づけば分厚い魔法の本の内容はほとんど覚えてしまっていた。

「ならば、それはきっと役に立つ。今はまだ機会が来ていないだけだ」

 優しいマネージャーの言葉に、琴音は微笑んだ。

「ありがとうございます」

 本当に、自分は幸せだ。周りの人はみんな、いい人ばかり。こうして励ましてくれるのは、本当にありがたい。

 頑張らなければ。いつまでも、愚痴を言って弱音を吐いているばかりではいけない。

 でも。

「まだ何か、気にかかることがあるのか?」

 敏感なマネージャーは、一瞬だけ琴音が頭に思い浮かべたことを察したようだ。顔に出ていたのかもしれない。

「はい、実は、月香さんにあんまり好かれてないんじゃないかなって……」

 それは、目下琴音にとっては一番悲しい可能性だ。年上でしっかり者の彼女のことを、頼りにしているから。

「月香が? どうしてそう思う?」

「前はそうでもなかったんだけど、なんか、今日……アンジュさんと踊ってるときにふと月香さんの方を見たら、怒ってるように見えて」

「ふむ」

「いえ、怒ってるのとは違うかも。でもとにかく、あんまりいい感じの顔ではなくて」

 どう説明すればいいか琴音は必死に考えたが、持ち合わせているだけの貧弱な語彙ではあの時受けた印象をうまく表現できない。

「今日だけのことなら、たまたま機嫌が悪かっただけかもしれない。まだ体調が本調子でないせいかもしれないし」

 マネージャーの手が、もう一度優しく髪を撫でてくれた。

 確かにその可能性はある。そうだといいのだけれど。

「しばらく様子を見て、状況が悪くなりそうなら遠慮なく相談してくれればいい。何か対策を考えよう」

「はい、ありがとうございます」

 にっこり笑って、琴音は頭を下げた。



 琴音が元気よく、お土産のクッキーを山ほど抱えて帰っていったのを見届けて、マネージャーは事務所に戻った。

「月香と琴音がねぇ」

 いつの間にかやってきた社長が、饅頭を頬張りながらソファーにふんぞり返っていた。

「どこの饅頭だ?」

「ん? 浅草」

「私の分は?」

「そこにある」

 テーブルの上に、饅頭をピラミッドのように積み上げた皿が確かにおいてあった。饅頭なら紅茶ではなく日本茶が最適だ。マネージャーは早速急須と湯飲みの準備にかかった。

「ところで、あの二人だよ。なんか険悪そうな雰囲気はあったのか?」

「いや、確かに月香は琴音に苦手意識があったようだが、それほど深刻ではないと思ったな」

「正反対だからな。ああいう女の子っぽい性格、月香は苦手そうだし」

 社長の意見に、マネージャーは同意を込めて頷いた。

「ただ琴音も、自分に対するコンプレックスがひどいな。それがあっけらかんと発露するのが美徳だ」

「天真爛漫だよな。あ、レマ饅頭食うか?」

 社長は、自分の隣に座る相手の方に顔を向け、皿を差し出した。無言で伸ばされた手が、饅頭を一つつかみ上げる。

「まあそれほど深刻な関係じゃないってのは、俺も同意見。年も離れてるし、月香は面倒見がいいから手のかかる妹みたいに思ってるって印象だったな」

「同意だ。琴音も月香を頼りにしているようだった」

 マネージャーと社長は、そこで同時にお茶をひとすすりした。

 穏やかだった人間関係が、突然変化する。そのきっかけ。

 おいしい饅頭と渋茶を堪能しながら、二人はその理由に考えを廻らせていたが。

「――アンジュレインだろ」

 第三の声が、二人の黙考を終わらせた。

「アンジュレインって、神官の?」

「琴音のエスパシア。実は月香と結構いい感じだった。俺の見解では、な」

「ふむ……」

 にまぁ、という擬態語がぴったりきそうな笑みを浮かべたのは、マネージャーだった。

「やはり、恋愛黄金律作戦が火を噴いたのか」

「だからそれ怒られるって。でも、ほんとなのか?」

「まだわからない。だが、そうなればいい展開じゃないのか? 俺達にとっても」

 二つ目の饅頭を手に取り、暫し目で堪能していた少年が顔を上げた。

 幼さが残ってはいるが、凛々しく精悍な美貌。隣に座る社長と、纏う色彩以外はとてもよく似ている。

「華乃子のようにうまくいくのが理想だが、最悪令美の二の舞にならなければそれでいい。ヴィヅを守るために」

「ああ」

 窓からの夕日が、二人の少年の髪をさっと撫ですぎる。

 銀と、黒。

「巫女姫が世界に定着することが、強い基盤を作る最も有効な方法だからな」

 そういった少年の金色の瞳は、楽しげにきらりと光った。 

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