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32.アンジュレイン

 外交上の難しい問題だからと、権限と主導権の大半は皇太后が持っていき、その補佐という名目で清子もそれを手にすることとなった。

 アンジュは物憂げにテーブルに視線を落とした。美しいサファイヤの瞳が、窓からの光につやつやと輝いているのを目にしたのは、正面に座る虜囚だけだった。

 神官という、国の政治権力とは無関係の立場にあり、且つ万一囚人が反抗をもくろんだ場合に極力傷を付けないように取り押さえるための術『隔離』を使えるということから、シディアの監視役はアンジュに割り当てられたのだ。

 道理で、きわどい尋問の場から最後まで自分を追い出さなかったはずだ。最初からこのつもりだったのだろう。

 シディアは、微動だにしないで座っている。手にも足にも枷などははめられていないが、その代わりのように彼の頭をぐるりと木の輪が取り巻いている。

 これも、魔法を施した道具だ。王宮の敷地内から出ようとすると、あり得ないくらいの力で頭を締め付けるようになっている。

 琴音がそれを聞いて『ソンゴクウのわっかみたいですね!』といっていたが、異世界にも同じような魔法あるいは技術があるのだろうか。

「シディア」

 沈黙のもたらす退屈に飽き飽きして、アンジュは何となく虜囚の名を呼んだ。

 シディアは、返事すらしない。しん、とまた静寂が音を立てる。

 アンジュは眉根を寄せた。とりたてて話題を考えて話しかけたわけではない。そもそも、会話を楽しみたいという気分だったわけでもない。ただ、黙りこくっているのがいやだっただけで。

「今、どんな気分ですか?」

 仕方なく、こんな愚にもつかない質問をしてみた。

「誇りも何もかも犠牲にして耐えてきたことを、あっさりと成就させられそうになっている。喜ばしいと思いますか?」

「……そうだな」

 意外にも、答えが返ってきたのでアンジュは頬杖から半身を起こした。

「これで、一族は少なくとも皇国からは解放される。長い間住み慣れた地も失うだろうが、代償と考えれば納得できないわけでもない」 

「思っていたより饒舌なんですね」

 そう言うと、シディアの整った顔はちらりと皮肉な笑みに歪んだ。

 アンジュは再び口を開きかけたが、そのときノックの音がして、やや舌足らずな声が扉越しに聞こえた。

「失礼します。琴音です」

「ああ、どうぞ」

 答えるやいなや、開いた扉の向こうから明るい茶色の髪がひょこりとのぞいた。

「こんにちは。お茶を持ってきました」

「そうですか。ありがとう」

 アンジュは立ち上がり、危なっかしくワゴンを押してきた琴音からそれを受け取った。お茶とポット、カップが二つ、そして小さな皿に焼き菓子が載っている。

「何かお手伝いすることありますか?」

 琴音は、お茶の支度をするアンジュとシディアを交互に見ていた。その視線が時々部屋のあちこちに飛ぶのは、もの珍しいからなのだろうか。

 アンジュはお茶を注ぎ終えたポットをワゴンに起き、柔和に微笑んだ。

「ありがとう。今のところは特に何もありません」

「そうですか……」

 心なしか萎れた様子で、琴音は答えた。そのままぺこりと頭を下げて、部屋を出ていく。

 感情の見えやすい娘だが、いまいち何を考えているのかはつかめない。

 湯気の立つカップをシディアの前に置こうとして、アンジュは目をしばたたいた。

「どうしました?」

「え?」

 シディアは、ぼんやりと扉を見ていた。琴音の出ていった場所を。

 それを指摘された青年は、顔の向きを戻しゆっくりと息を吐き出した。

「同じ年頃かと思った」

 誰と、とは、聞くまでもない気がした。

 アンジュは、静かにカップを置いた。

「きっと戻ってくるでしょう。この国の皇太后陛下は辣腕です」

 答えは、なかった。

 再び帰ってきた静けさを、追い払う気持ちはもうなくなっていた。アンジュは時間をかけてお茶と焼き菓子を堪能し、やがて自らの思考の海へ沈み込んでいった。

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