29.人質談義
驚きでざわめく部屋の、静かな混乱を鎮静させたのはアンジュだった。
「琴音、続けられますか?」
「は、はい」
一番ショックを受けているのは、どうやら彼女のようだった。そんな彼女の幼い顔を、アンジュは身体を屈めてのぞき込んでいる。
月香は、何となくいらだちを感じながらシディアと名乗った青年に視線を移した。
不思議な髪色が、まず印象に残る。グレーに近いが、やや青みがかった綺麗な色だ。それから、瞳。これは青緑色と表現するのが一番ふさわしいだろうか。
そんな美しい髪は長く伸ばされ、うなじで複雑に編み込まれている。首の保護のためにそうする習慣が自分たちの世界でも昔はあったのだと、月香は何かで読んだことがあった。
ミグシャ族というのは、戦闘に長けているとさっきレナードから聞いた。だからこの髪型も、戦いを意識したものなのかもしれない。
しかし、なぜ彼は自分達を踏みにじったザークレイデスに従っているのだろう。
レナードやエリューシアと話していたとき、もしかしたら身内を人質に取られているのではないかという可能性を誰かが口にしていたが……。
「殿下」
誰に話しかけようか逡巡したのち、月香はエリューシアの傍らに寄ってこっそり声をかけた。
「どうした?」
「あの、ミグシャ族ってどのくらいいるのかって、もしかして情報として入ってきていますか?」
「裏付けが弱くてもかまわないのであれば」
答えたのは、レナードだった。なぜかエリューシアの手をしっかり握っている。しかも俗に言う『恋人繋ぎ』で。エリューシアが平然としているのも気にならないと言えば嘘になった。
が、今はシリアスな場面である。つっこみは自重しなければ。
月香は様々な思いを押し込んで、無言でうなずいた。
「今では十数人に満たないと言われている。それも、皇国内の国境近くで確認されるだけで、軍による弾圧の際国外に逃亡した者がいる可能性も考えれば……」
「なるほど」
国外に何十人も逃げ出していれば目立っただろうし、それならば追っ手がかかるなり他国が助けるなりして、どちらにしても何らかのニュースにはなっていたのではないか。それをレナードもエリューシアも把握していない様子なのであれば、やはり国内の数十人と合わせても、無事なミグシャ族の総数は少ないと考えられる。
「その人達は、皇国から監視とかされてるんですか?」
「表向きは、そういった情報は入っていない。数もずいぶん減ったから、すぐに反乱なり報復なりの動きはとらないだろうと考えて、それほど警戒はしていないのだろう」
「なるほど」
レナードにうなずいてから、月香は考え込んだ。
表向き、とレナードは注釈をつけていたが、他国から見てそう判断できるのであれば、監視体制はたいしたものではないか、まったくないか。ならば、そのミグシャ族達をシディアへの人質としているとは思えない。
シディアの反抗の意志を察知した後すぐどうにかできる状態を作っていなければ、人質として意味がないからだ。
もっとも、実際に人質はとらずに、最悪の結果だけをちらつかせて脅しをかける方が効果は高い。何をするか具体的にわからないから、防ぎようがないためだ。そういうやり方でシディアを脅迫しているとも考えられる。
「あり得そうだね」
漠然とそれを説明すると、まず華乃子皇太后が同意を示した。
「だが、それにしたって近くに手の者を配置しておかないと、すぐにどうにかできるものじゃない。情報通りなら、よほどうまく隠れているってことになる」
「と、いうことは……」
月香が考え込んだ直後、続きを引き取ったのはアンジュだった。
「本当の切り札としての人質は、どこかに捕らえられているということではないでしょうか。例えば、宮殿にでも」