27.面影
27.面影
華乃子・北方・ルゥン・エンディミオンは、あらかじめ調べておいた情報よりもずっと若々しく、往年の美貌を留めていた。しかしシディアが目を瞠ったのは、皇太后の放った闘気のためだった。
皇太后から隠れているはずの背中までが、びりびりと痺れるようだ。
かつてその武勇を以て大陸を平定したというのは、誇張でも根も葉もない伝説でもなかったらしい。
「清子の力は知っているね? お前達」
シディアから目を離さずに、皇太后は狭い室内で何とか平伏していた役人達に問いかけた。
「は、悪しき者を消し去ると……」
「正確には少し違うが、まあおおむねそのようなものだ。その清子が保証している。もうこの者には、いかなる悪意も殺意も存在しない。今も、これからも」
キヨコ、は確か大昔にエンディミオンへ降り立ったもう一人の巫女姫だったか。
その巫女姫が、自分の事を保証したというのか。
顔には出さないが、シディアは混乱していた。
何が起きているのかわからない。今まで経験してきた、どんな尋問とも違いすぎて先の予想すらできない。
「恐れながら、皇太后様……」
「まだわからぬか? さっさと拘束を解けと言っている」
シディアは、さらに度肝を抜かれた。
拘束を解く。
あり得ない。
何を言っているのだ。気でも触れているのだろうか。
「じっくり訊きたいことがあるのだ。何、おかしなそぶりを見せたが最後、私が直々に斬滅する故安心せよ」
その最後の一言を口にするとき、皇太后の目がぬらりと光ったように見えたのは気のせいだろうか。
役人達がばたばたと動きだし、両腕と両足の拘束が解かれたときには、驚きが限界を超えていてシディアは椅子から立ち上がることもできなかった。
「立てますか?」
右側から、脇に腕を差し入れて尋ねてきたのは、アンジュレインと呼ばれていた神官だった。
「アンジュレイン、だったね。エリューシアの公用の居間で待ってるから、その男前をもっと男前にしてから連れてきておくれ」
「かしこまりました」
これで用事が済んだとばかりに、皇太后はあっさり背を向けて部屋を出ようとする。刺客に後ろを見せても平気だというのか。
いや、実際そうなのだろう。どこにも隙は見られない。
そのまま、皇太后は去って行った。開いたままの扉からは、いくつかの顔がのぞいている。
まず、標的だったエリューシア王子。彼を守るように立っている金髪の大柄な男。背の高い、黒髪の娘。
そして。
四人目の小柄な姿を何気なく視界に収めたとき、ぐらりとシディアの世界は歪んだ。
あり得ない。
ここはエンディミオンだ。彼女は今、あの憎むべき国の地下牢に繋がれているはずだ。
でも。
似ている。
「ミュージア……!」
致命的な呟きを聞きとがめたのは、幸いなことに神官ただ一人だったようだった。