25.巫女姫
「力……ですか?」
琴音は首をかしげたが、周りの人の視線がすべて自分に集まってきているのですぐに下を向いてしまう。
「琴音、あの時どんな感じがあったとか、覚えてないか?」
王子様の声だ。優しくて、問い詰めているとかいう感じはしない。それでも、琴音は小さな声しか出すことができない。
「わかりません……。あの、でも、『見えた』と思ったんです」
「見えた?」
「はい。暗殺者の人が、あそこにいるって……」
もどかしい。
もっとすらすら、あの時のことを説明したいのに。
どうして自分はバカなんだろう。もっと言いたいことがある気がするのに、口にした途端こんな要領を得ない言葉にしかならない。
だから、『あの人』にも嫌われるのだ。
――君、自分ってものがないよね。何にもできないし。つまんないよ。――
「殿下、よろしいでしょうか」
肩に、手が添えられるのを感じてはっと顔を上げる。手の持ち主は、月香だった。
「その……巫女姫の力というのは、感覚的なものなんでしょうか?」
「よくわからんが、祖母や清子様の話を聞いた限りではそんな感じかな」
「なら、理性的論理的な説明は難しいかと思います。殿下は、例えば手を上げるときの動作や感覚を明確に説明できますか?」
「無理だな」
あっさりとエリューシアは言って、苦笑した。
「悪い、琴音。愚問だった」
「いえ……」
何が何だかよくわからなかったが、月香がかばってくれたことだけは理解できたので、琴音は首をひねって彼女を見上げる。
「ありがとうございます」
「いいのよ。大丈夫?」
優しい先輩は微笑んで、ぽんと肩を叩くと離れていった。
「エリューシア、刺客の尋問を見に行くか?」
そのタイミングを逃さず、レナードが話題をうまく変えた。
「清子様も立ち会われるのだから、心配はないだろう」
「清子様どころか。うちの祖母様まで来るって聞かなかったらしいぞ。まったくあのお二人は、引退したというのは口先だけだな」
「まったく」
見目麗しい従兄弟同士は、実に楽しそうだった。アステルがいたら身もだえしていただろうな、と考えられるくらいの余裕が、琴音にも戻ってきていた。
「それは、私も行った方がよろしいでしょうか?」
月香が前に出る。
「来ても構わんが……自衛はできるか?」
「護身程度の武道の心得はありますし、こちらへ来てから魔法も学んでいます。『ファイヤボール』と同レベルまでのものなら習得済みです」
ファイヤボールは、琴音も使える。攻略本の割と最初の方に出てくる呪文なのだが、使い勝手がよくて何度も使えるのが便利だ。あと、敵が単体でも複数でも対応できるというのもありがたい。
これと同じレベルというと、氷属性の『アイスランス』、雷属性の『サンダーレイン』、そして土属性なら『グラウンドアロー』という、やはり使いやすい魔法郡がある。
琴音がさっき暗殺者を退けた『レッドアローレボリューション』は、攻略本では中盤以降、かなり高度で威力もある魔法だ。この世界でどのくらい強い魔法使いなら使えるようになるのかはよくわからないが、琴音の場合は毎日宿題と予習復習を忘れずがんばり、小テストの成績が全科目で平均十点以上上がったくらいの段階でやっとページを見ることができた。おかげで成績も上がりました。ありがとう攻略本、と琴音は思った。
それはさておき。
月香はどうやら攻略本をもらっていないようだったから、こっちの世界にいる間に自分で勉強したのだろう。本当に努力家で、勉強家な人だ。ずるをしてしまったようで申し訳なくなる琴音だった。
自分も何かしなければ。力があるとないとに関わらず、巫女姫なのだから。
「あの、王子様。レナード様、月香さんも」
今しも部屋を出ようとしていた三人の背中を、琴音は立ち上がって呼び止めた。
「私も行きます。暗殺者さんのところ」
三人は、驚いたような顔を互いに見合わせていた。