24.ミグシャ族
エンディミオンの遙か南に、ザークレイデス皇国という大国がある。
南といっても極に近いため、気候は寒冷で農作物などもあまり取れない。月香達の住む世界で大雑把に考えると、イメージ的にはロシアみたいな感じだろうか。
その代わり技術力は同じ大陸にあるエンディミオンを含めた四国のうち最強を誇り、他国へもその技術と知識を提供することで対価を得て、国として成り立っているのだという。埋蔵資源の量も大陸一だそうだ。
というようなざっくりした情報は、すでに月香は勉強していた。初耳だったらしい琴音は、隣で熱心にノートを取っている。
「もちろん、軍事力も最大だ。今のところ戦争の気配はどこの国との間にもないが、他の三国は一様にザークレイデスを驚異と見なしている」
仮想敵国、というところだろうか。
レナードの説明はとてもわかりやすかったが、未だに月香が知りたかったミグシャ族にまで至っていない。彼曰く、なぜミグシャ族が激減したかという原因は、ザークレイデス皇国なしには語り得ないからだということだ。
「レナード、一つ訂正があるぞ」
椅子にふんぞり返ったエリューシアが、口を挟んだ。なぜか、彼は付き合いよく同じ部屋でレナードの話を聞いているのだ。単に野次馬なのかもしれないが。
「最近皇国内では、民の不満が募っている。小規模だが暴動も起きていて、三人以上の集合が禁止されるようになったらしい」
それは、もうロシアじゃなくて某北の国か、戦時中の日本だ。
いきなりイメージが身近になって月香は眉をひそめ、琴音はきょとんと首をかしげていた。
「かなり、国の乱れが深刻じゃないですか?」
「ああ」
エリューシアは頷いて、椅子の上で身を乗り出した。
「軍が強力なのに任せて、邪魔者は力で潰してきた国だからな。ミグシャ族を初めとする、あの国に住んでいた少数民族が次々減少しているのは、弾圧によるものだ」
そこでようやく、刺客の出自に繋がるのか。
頷きかけて、月香ははたと動きを止めた。
「自分達を滅ぼそうとした権力に従って、暗殺者になったってことですか?」
「というか、無理矢理そうさせられたんじゃないか? 完全にいなくなったわけではないのだし、生き残りを人質にでも取られればどうにもできない」
卑劣な。
思わず拳を握る月香の横手で、穏やかなレナードの声が話題を引き取る。
「ミグシャ族は、戦いに長けた部族だ。味方につけられれば心強い。それに、魔法も得意としている。暗殺者にはうってつけだっただろう」
戦闘民族という感じだろうか。
某巨大猿に変身できる宇宙人を思い出して、少し怒りは引いた。最終的にはそんな設定忘れ去られていたようだが、その分伝説だったはずの金髪でパワーアップできる形態がデフォになって大変なことになっていた。
それはさておき。
「清子様の話では、もう殺意も敵意も悪意もないってことだけどな。年寄りはともかく、彼女の力を知らない奴らにどこまでそれで押し通せるか。……まあ、祖母殿が出張れば一発かもしれないがな」
エリューシアはさっきから、溜息をついてばかりだ。
気になるフレーズがその辛気くさい台詞の中にあり、月香は首をかしげる。
「清子様の力?」
「あ、もしかして聞いてないのか?」
椅子の上にきちんと座り直し、エリューシアは少しの間天井を見上げた。考えをまとめていたのかもしれない。
「お前や琴音も恐らくそうだろうと思うんだが、異世界から召喚された巫女姫は、固有の『力』を持っている」
「『力』?」
聞き返したのは、琴音だ。
「例えば祖母には、『調和と滅びの力』がある。かつて、『大陸を破滅に導く者』とまで恐れられたらしい」
どんなだ。というか、それでいいのか巫女姫。
とんでもない情報を、しかしその孫はさらりと流して続けた。
「清子様は、『すべての悪しき者を見抜き、浄化する力』があるらしい。そのすべてを見たことはないが、例えば力を発動させた状態で悪意ある者の前に立てば、それを瞬時に感知してさらに消し去れるんだそうだ。祖母達はそんな力を駆使して、大陸の混乱を収めたんだと歴史では伝わっているな」
それが正史であってほしい。裏の歴史とかがあったら怖いことになっていそうだ。
パワフルな初老の淑女二人を思い出し、月香は思わず頭を抱えたくなった。
「つまり、エリューシア。こう言いたいのか?」
レナードが、口を挟む。
「あの暗殺者の気配を、通常ならばあり得ない距離から感知したのは、琴音の力なのだと」