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20.秘書官月香の憂鬱

 少女漫画を読んでいて、「女の子の夢は、好きな人のお嫁さん」と書いてあったページに全力で「なんで?」と突っ込みを入れた。それが小学生の時。

 モテ方ばかりに気を向けて、内面の充実をそっちのけにする同級生に「脳の皺刻めよ」と思ったのが、中学生の時。

 そして、恐らく脳みそを開けたら缶詰の黄桃並みにつるつるなんじゃないかと思われるのに、モテ方を極めた女子ばかりが人気を集め、それが女としての絶対的な価値基準とされる事実に幻滅したのが、高校時代。

 以来月香は、女であることが面倒になった。性転換願望があるというのではなく、『女』というカテゴリの中で『女』として振る舞うのがいやになったのだ。

 『女』だから、こうしなければならない。

 『女』はこういうものだ。

 そういった価値観や基準の延長線上にあるのが、たった一つ「男に選ばれること」しかないのだという構図を見たからだ。少なくとも、月香は世の中の底を知ったと思った。

 男女というのは、身体の機能の差異によって区別されるだけのことではないのだ。自分では選ぶことのできない身体的な特徴で、生まれながらにして能力の限界や役割を勝手に決められる。その枠から逸脱したり、超越することは許されない。

 つまらない。月香はずっとそう思っている。

「月香?」

 溜息がよほど大きかったらしい。隣のテーブルで書類をまとめていたアンジュが、顔を上げて月香の名を呼んだ。

「え?」

 月香は一瞬惚けたが、すぐにあわてて手元を確かめた。さっきからずっとやっている目録作りは、三分の一もすんでいない。

「すみません……」

「いいえ、お疲れのようですから、少し休みましょう」

 お茶を淹れてきます、とアンジュは立ち上がる。月香も続こうとしたが、やんわりとした手の動きで抑えられた。

 恐縮しつつ、月香は机の上を整理して溜息をついた。

 数時間前の琴音の騒動があってから、どうも気が散ってしかたがない。

 琴音はいい子だ。ちょっとおっちょこちょいだが、素直だし。大切に育てられたのだろう性格のおおらかさを感じる。

 しかし、『女の子』だ。あまりにも。

「どうぞ」

 目の前に、いい薫りのカップが降りてくる。礼を言って、月香は両手でカップを持った。睫毛が湿ったのは湯気のせいだ。きっと。

「月香は、我慢する方が得意ですか?」

 そんな言葉をかけられて、え?と顔を上げる。お茶をすすりながら、アンジュはまったく違う方向を向いていた。

 月香を見ないまま、彼は淡々と続ける。

「ため込むと頭の働きが鈍りますよ。決断力や判断力や、集中力が」

「……はい、すみません」

「そうやって謝って、結局あなたはため込むんでしょうね」

 ずけずけした物言いだ。知り合ってまだ二日なのに、ずいぶんではないだろうか。

 けれど腹が立たないのは、彼の口調があくまでも柔らかいことと、少しも悪意を感じないせいだ。

 この人は、気遣ってくれている。

「今ここで、何にこだわっているのか話してくださるのが一番ですが……たぶん、苦手でしょう?」

「はい」

 くす、とアンジュは笑った。静かにカップをテーブルに戻す。

「それなら、楽しいことをして発散させましょうか。といっても街はすでに殿下と見て回られたようですから――そうだ、お腹空きませんか?」

 言われて思わず、腕時計を見る。時刻は五時、小腹の空く時間帯だ。

「少し」

「では、ちょっと外へ出ましょう。王宮の近くに、軽い食事をとれる店があるんです。甘い物も出すんですが、評判がいいんですよ」

 うきうきとアンジュは立ち上がる。月香はあわててお茶を飲み干して、舌を火傷した。「あちっ」とか言っている間に、腕を引かれて廊下へ出る。

「今ぐらいなら、並ばなくても大丈夫のはずです。でも急ぎましょう」

 アンジュはとても早足だった。月香を引っ張っていなければ、たぶん走っていただろう。全力で。

 おかしくなった。

 どう見ても、月香をダシにして甘いものを食べに行きたいようにしか見えない。

 すました顔のくせ者だと思ったら。

「月香、もっと速く歩いてください」

「はい」

 彼が前を向いているのが幸いだった。

 月香は笑いを噛み殺しながら、隠れ甘党らしい神官に続く。

 もう、胸のもやもやなど綺麗さっぱり消えていた。

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