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171/172

171.選択を

 月香のハリセンが唸り、サナの顔面に華麗にヒットする様を、アザゼルは優雅にお茶を飲みながら眺めていた。琴音は、無心に赤ん坊のレマと遊んでいる。

 月香が目覚めてからさらに一週間が経過していた。いかに若いとはいえ、それだけの間にハリセンクラッシュを炸裂させられるほど元気になるとは大したものだ。さすが巫女姫である。

「で……?」

「いててて……」

 ハリセンを構えたまま仁王立ちしている月香と、顔をさすりながら起き上がるサナ。

 アザゼルは、ずぞとお茶をすする。

「けっこうハリセンって効くな……」

「そうでしょうね」

 月香の声は、地の底から響いてくるように低かった。これは怒っている。確実に。まあ怒らないわけはないだろう。

 クッキーが美味しい。アザゼルはルドルフお手製の本日のおやつをさくさく食べる。

「いや、でもさ、他に代償としてもらうもの思いつかなくて。俺一応悪魔のボスだから、代償なしで願いを叶える事ってできないんだよ」

「だからって……」

 うん、だからといってあれはない。アザゼルもそう思う。

 回復を早めてやるから告白しろ、というのはあまりにひどい。実際琴音は抗議したそうだ。

 お茶のおかわりを、ついでに琴音の分も注いでやる。レマの分はリンゴジュースだ。

「てかさっきから何優雅にティータイムしてんだよ!」

 とうとうサナからツッコミが入った。いつ入るかと待っていたのだが。

「だが、悪いのはサナだろう。女の子の気持ちを蔑ろにしたのだから」

「うっ」

 サナはあっさり沈黙した。アザゼルは月香を手招きして、とりあえずもとの椅子に座らせた。

「でもすんでしまったことはしかたがない。あとは、月香がどう決めるかということだけだ」

「どう決めるって、そんなの……」

 ハリセンをバッグにしまいながら、彼女は俯く。しばらく待っていたが、答える様子はない。

「月香さん」

 レマを膝に抱き上げて、琴音が口を開いた。

「王子様とアンジュさんのこと、好きじゃないんですか?」

 実にストレートな質問に、月香はますます困った顔をする。

「よくわからない」

 そして、絞り出すようにそう答えた。

「職場の上司とか、同僚とか……強いて言えばそんな感じ。それ以外の気持ちは何もない」

「うーん」

 琴音は首をかしげる。その日座の上で、レマも同じ仕草をしていて大変微笑ましい。

 アザゼルは、クッキーの皿を月香の前に押し進めた。

「ならば、そのまま伝えればいい。難しく考えることはない」

「……そうでしょうか」

「それが月香の気持ちなのだから。仮に気を遣ってどちらかを選んだとしても、月香は少しも楽しいとか幸せだとか思わないだろう?」

「……そう、でしょうね」

「そうなったら、彼らも傷つく。だから、月香は月香の心のままにすればいいのだ」

 特に日本人はそうだが、角を立てないとか建前とか「社会的に相応しい行動」とかを優先するきらいがある。だが一時それで取り繕ったところで、無理をしたら必ずその影響は弊害として現れるものなのだ。特に恋愛は一人でするものではないのだから、最初の段階で最も大切な自分の心を無視すれば、絶対に相手にも自分にも悪い結果になる。

「明日までに返事をしろとか、そういうことではないのだろう? だったら、まずお茶とお菓子で気持ちを落ち着けるといい。脳は考えないときの方がいいアイディアが出ると某先生も言っていた」

「はい……ありがとうございます」

 ようやく月香は笑みを見せ、お茶を一口飲んだ。本日はカモミールティー。気持ちを落ち着けるにはもってこいだ。

「ほら、サナもいつまでもいじけるのはやめるのだ」

「だー」

 アザゼルの後にレマも便乗し、琴音の膝から降りてよちよち兄の下へいく。てしてしと頭をはたかれ、銀髪の少年はよろよろと立ち上がった。

「怒るのもわかるが、まあ許してやってくれ。悪気はなかったのだ」

「はあ」

 月香は溜息のような返事をして、肩を落とす。

 アザゼルは、つくづくタイミングが悪いと心の中で嘆いた。

 こんな状態の彼女に、もう一つ選択を迫らなければならない。

「月香、実は大事な話があるのだ」

 お茶とお菓子が一通り全員のお腹に収まったとき、アザゼルはA4クリアファイルを取り出した。書類を取りだし、月香の前に置く。

「これは……?」

「正社員としての契約書だ」

 月香が、大きく目を瞠った。アザゼルの顔と書類の文字を、交互に何度も見ている。

「せ……正社員!?」

「うむ。そもそも契約社員は試用期間だけのことだと、割と最初の方で設定していたではないか」

「メタっぽく言わないでください」

 驚きながらもツッコミは正確だった。

「魔王も片付いたし、落ち着いて考えてもらえるかなって思ってさ」

 それまで沈黙していたサナが会話に参加する。

「俺達としては、このままヴィヅに関わっていってほしい。普通の事務仕事の方でも月香は力を発揮できていたし、いつも一生懸命やってくれていたし、個人的に俺達月香が好きだし」

「サナさん……」

「だけど、今回みたいに命の危険もある。極力俺達でフォローするけど、万が一がないとは言えない。だからそういうところも全部ひっくるめて考えて、結論を出してほしいんだ」

「返事は急がない。納得いくまで考えてくれて構わない」

 いつの間にか少年の姿になったレマも、言葉を重ねる。

「琴音もだ。この先もヴィヅでの仕事を続けるか、もっと違う道を探すか。自分にとって最良と思える結論を出してほしい」

 月香と琴音は、無言で顔を見合わせた。しばしの沈黙ののち、月香は書類をクリアファイルにしまって鞄に入れ、琴音も帰り支度を始める。

 挨拶だけを残して、二人の巫女姫は事務所を出た。

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