166.友へ
第二皇子カレイドの無能さは、諸国に知れ渡ったようだ。
「国内……首都から遠い村や町でも、悪評ばかり噂されている」
「そう」
ヴィラニカはそっけなく答えたが、内心では安堵していた。
これで、カレイドを次期皇帝に望む国民は激減するだろう。第一皇子はもういない。ファサールカはそもそも継承権を放棄しているし、アンジュレインも公式には行方不明のまま。
ヴィラニカしか、いなくなったわけだ。
「望み通りになったか?」
シディアが尋ねる。ヴィラニカは言葉にしては答えず、ただ微笑んだ。
「これからが大変だね。父上も、来月には崩御の発表をしなければならない。国内は混乱する」
長く病気ということにして真実を隠してきたが、国の統治者が生きているのと死んでいるのとではやはり違う。皇帝の死の知らせとともに大きさ問わず、様々な混乱が起きるだろう。例えば、貧しい農村部での反乱や暴動。都市部でも、思想的な不満分子はゼロではないのだから。
「ヴィラニカなら、この国を平和にできる」
いつの間にか、シディアが椅子の足下に膝をついて、ヴィラニカの手を取った。
「すでに、ミグシャ族に安住の地と平穏をくれた。一族は全員、ヴィラニカに従う意向だ」
「それは頼もしいね」
ミグシャ族は、戦闘と魔法に長けている。ザークレイデスの民のほとんどは生まれつきどういうわけか魔法を使うことができないから、彼らの知識と力が貸してもらえるのは心強い。
「我らの忠誠は、あなたのものだ」
恭しく手の甲に口づけられるのを、ヴィラニカはしかし戸惑いとともに受け入れた。
「シディア」
そして、彼の手をそっと包み込む。
「いつもそんな風に言ってくれるのは、とても嬉しいよ。ありがたいことだと思っている。でも、シディア」
本当に、言ってほしいのは。
「主ではなくて、友人だと……対等に信頼し合える存在なのだと、いつになったら思ってもらえるんだろうって……」
「ヴィラニカ?」
同じ場所に立たなければ、同じものは見えないのだ。
傍らはいつも、寂しいままなのだ。
それを教えてくれた人がいる。そうして初めて、理解できたことだ。
「私は、君と友でありたい。君にも、そう思ってほしい」
つい、手に力が入る。はっとして緩めようとしたのを、逆に捕らえられる。
強く。
「……ヴィラニカ……!」
息のような声で囁くシディアの顔は、見えなかった。
握り合わせた手に、彼は額をつけている。泣いているのだろうかと危惧するほど、その肩は震えている。
「シディア、どうした?」
声をかけると、抱きしめられた。ヴィラニカは手を伸ばし、シディアの背をなでる。
顔は、見えない。小刻みな痙攣も、収まってくれない。
それでも。
「大丈夫だよ」
ヴィラニカは両腕で、しっかりと友を抱き返した。
微笑んで。