160.葬儀は進む
葬儀は進む。本葬の儀式の前に、細々とした式典や挨拶がたくさんある。それらがすんだ午後からは、来賓達への対応に追われる。
諸国の重要人物に顔を売り込む最大の機会だ。母も兄も、珍しく精力的に動き回っている。
「仮にも身内が死んだというのに、あからさまに嬉しそうだな」
姿を消したシディアが囁くのに、ヴィラニカはさりげない小さなうなずきで答える。
「他国へ嫁いでいた皇女達も来ているのだろう?」
「ああ」
周囲に人気がないのを確かめて、今度は小声で返事をした。
「そちらへの根回しはどうだ?」
「済んでいる。ただ、協力してくれるかどうかは未定だ」
現在の皇族は、男子ばかりではない。ずいぶん前に、皇女が二人政略結婚で嫁いでいっている。ヴィラニカはどちらも母親の違う姉だが、少なくとも不仲ではない。
それどころか、上の異母姉マリアンヌに至っては全面協力を取り付けることも可能かもしれない。彼女は亡くなったノートリアとは実の兄妹だからだ。今も、喪服に身を包みヴェールの陰でしきりに顔をハンカチで拭っている。
「義姉上」
「ああ、ヴィラニカ……」
そばへ寄って声をかけると、身も世もなく泣いていたマリアンヌはすがるような眼差しを向けてきた。瞳だけでなく、頬もしっとりと涙で濡れている。
ノートリアとよく似てどちらかというと凡庸な顔立ちだが、性格は正反対の気だてのいい女性だ。ヴィラニカは心から悔やみの言葉を述べ、近くで様子を見ていた彼女の夫にも挨拶した。マリアンヌは、現在ルカニオン王国のザルツ大公家へ嫁いでいる。
「まだ下手人は捕まりませんの?」
「ええ、申し訳ありません」
心苦しく思いながらも、ヴィラニカにはそう答えるしかない。
「ですが、見当はついております」
そして、彼女の悲しみを利用しなければならない。
「最も得をした者を疑うというのは、こういう場合の常ですから……」
「得をした者?」
マリアンヌはしばらく呆けたような顔をしていたが、見る見るうちにその茶色の目が大きく見開かれる。人のいい彼女にも、ヴィラニカがぼかした言葉の向こう側が見通せたようだ。
「でも、まさかあの方が」
「信じたくはありませんでしたが」
マリアンヌの瞳が、劇的に帯びる光を変えていく。どう判断したとしても、あまり穏やかでない感情の色に。
これくらいでいいだろう。疑惑をあおるのは。
「義姉上。先日お手紙で申し上げた話ですが……」
「ええ、よくてよ」
マリアンヌの返事は、常の彼女らしくなく間髪容れずによこされた。
「あなたに協力します。ヴィラニカ」
「ありがとうございます」
深く頭を下げたのは、本心からの感謝のためだけではなかった。
安堵の表情を、誰にも見せたくなかったから。
「それでは、晩餐の時に」
「ええ、また後ほど」
異母姉が差し出した手を取って、軽く口づける。そしてもう一度義兄に会釈して、ヴィラニカはきびすを返した。
うまくいった。いっそあっけないほど。
「次は第二皇女か」
シディアの気配と声が、そばに戻ってきた。思わず大きな溜息をつきそうになったのを、何とかこらえる。
それでも、目が潤むのは我慢できなかった。
「どうした?」
「……大したことじゃないよ」
誰にも見られないよう素早く涙を拭い、ヴィラニカは物陰に移動した。シディアもついてくる。
影のように。この人は、いつも。
「君がいてくれることが、とても心強いんだって、今更ながら実感しただけだよ」
息を呑む音が聞こえて、思わずヴィラニカは振り返った。
「どうかした?」
「いいや」
答えと一緒に手に触れた温もりに、ヴィラニカは驚いた。強く握り込まれる。シディアの掌に。
彼らしくない仕草。彼の方から、こんな風に触れ合うことはなかったのに。
「大丈夫?」
「ああ」
彼も緊張しているのかと思ったが、返ってきた声はいつもの冷静さで揺るぎない。それでいて、見えない手は離れていこうとしない。
どうしたのだろう。
疑問には思ったが、不快ではない。
むしろ、そう。
「シディア」
「何だ?」
「少しこうしていてくれるかい?」
とても心強い。
シディアの返事はなかった。だが繋ぐ手の力が強まった。ヴィラニカは微笑んで、友の手を握り返した。