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158.友

 葬儀を無事に終わらせる。

 それは、つまり。

「殿下」

 実質すべてを取り仕切っているアトレーは、部屋に入ったヴィラニカに気づくと疲れた顔で一礼した。

「また、兄上が無茶を?」

「……本日の晩餐の肉料理を、雉から猪に変更しろと」

 ヴィラニカは溜息をついた。他にどうにもできなかった。

「無視していい。万一兄が何か言ってきたら、私の指示だと答えてくれればいい」

「は……」

 アトレーの表情に、安堵と感謝が浮かぶのをヴィラニカは認めた。

「他に問題は?」

「毛布をほしいと仰ってきた方々がいらっしゃいましたが、そちらは今運び終えたところです。あとは……細かなご要望が後を絶ちません」

 飲み物の要求や、部屋についての不備の訴えだろうか。国賓を迎えるにあたり、本来そんな要望は一つも出ないよう事前に準備を抜かりなくしておかなければならないのだが。

 葬儀を無事に。

 それは、こういうことだ。

 ヴィラニカは、一瞬で頭を切り替える。当面自分がしなければならないことに。

「いらした方々にご挨拶しなければならないな。兄上はそこまで手が回らないのだろうから」

 各国の王族が集まる機会など、滅多にない。だからこそ決して失敗がないように万事気を配らなければならない。本当に些細なことをさも大問題のように持ち出して、自国に有利なように交渉するのが、外交の基本なのだから。

 特に、エンディミオン。先ほど妙なきっかけで話をすることになった皇太后は、今頃何食わぬ顔で客室でくつろいでいるはずだ。

 どこで聞き耳をたてられているかわからないからと、ヴィラニカ達をあの不思議な鍵でエンディミオンまで連れていき、また全員で戻ってきた。驚いたのは本当だが、そういうものなのだと受け入れてしまっている自分もいた。

 そもそも魔王の存在を目の当たりにした時に比べれば、どんな出来事もそれほど衝撃ではない。

「ヴィラニカ」

 魔術で姿を隠してそばにいるシディアが、小声で話しかけてきた。視線は前に向けたまま、ヴィラニカも小さく答える。

「何かあった?」

「第二皇子だ」

 彼の囁きが終わるより早く、蛇によく似た兄の顔がぬっと現れた。

「こんなところで何をしている?」

 尊大で、間延びした声。ヴィラニカは、何という理由はなくにっこりと微笑みかけた。

「アトレーの手伝いを」

「ふん。まあお前にはふさわしいかもしれぬな。このような大がかりで正式な場で、後ろ盾もない第三皇子など邪魔にしかならぬ」

 カレイドは、気づいただろうか。その言葉を聞いたとたん、周囲の人々が顔をこわばらせたことに。

「せいぜい頑張ることだな」

 カレイドはそのまま、無造作に言い捨てて出ていった。張りつめた雰囲気を察した様子は微塵もない。

 ヴィラニカは、小さく溜息をついた。

「ヴィラニカ殿下」

 アトレーが、傍らに立つ。

「どうか、エンディミオンの方々へご挨拶にいらしてください」

「エンディミオン?」

「幸い、カレイド殿下はまだご訪問になっていません」

 カレイドがあの調子で大国相手にとんでもない粗相をする前に、何とかうまく取り計らってくれと言うことだろう。

 幸か不幸か、ヴィラニカはずいぶん前にエンディミオンの貴賓達とは顔を合わせているが、もちろんそんなことをアトレーが知るわけはない。

 少し考えて、ヴィラニカは頷いた。

「行ってくるよ。後は頼む」

「は」

 アトレーが、深々と頭を下げる。それに合わせて、周りにいた者達も同じ姿勢をとった。若い者も、男も、女も。

 彼らをゆっくりと見回して、ヴィラニカはもう一度言った。

「後は、頼む」

 部屋を出ると、しばらくしてシディアが魔術を解いて横に並ぶのを感じた。今は、特徴的な髪色は染めて隠している。目立つ心配はない。

「どうする?」

「皇太后殿下を訪問するよ。兄のことを頼んでくる」

 すべての事情を了解しているあの女傑は、今更カレイドの態度如きで動じるわけはないだろうが、それを踏まえて何が起きてもなかったことにしてもらえるようにとは言っておかなくてはなるまい。

 こういうことは、手順と心遣いが重要だ。ヴィラニカが先に手を打っておくか否かで、それを口実としていくらでもあとから不利な無理難題を押しつけられる可能性と危険が生まれてしまう。

 人となりは関係ない。それをしたかしないかが判断材料のすべて。

「すまないけれど、しばらく姿を隠していて。皇太后のお部屋の中にまでついてきてくれるかな?」

 そう頼むと、シディアは深く微笑んだ。とても嬉しそうに。

「もちろんだ」

 そのまま、彼の姿は見えなくなる。けれど彼の存在はなぜか鮮明に感じられて、この上なく心強い。

 大丈夫だ。

 先ほど見送ってくれたアトレー達を思い出す。グリードや、屋敷を守ってくれる使用人達、たくさんの人々の顔がどういうわけか次々と脳裏をよぎる。

 それはきっと自分が、一人ではないということだ。

 だから、大丈夫だ。

 不思議な青緑の瞳。

 優しく穏やかなその輝きだけは、ちくりと胸を切なく突いたけれど。

「行こう」

 背後の友人に囁いて、ヴィラニカは背筋を伸ばし歩き出した。

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