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153.聖堂

 いったい何が起きたのか、レナードはとっさに尋ねることもできなかった。意外すぎて。

「……ヴィラニカ。月香……?」

「レナードさん……」

 扉から入ってきたヴィラニカは、月香に寄りかかるようにして歩いていた。体格と体重の差があるのだろうに、月香は懸命に彼を支えている。

「宮殿で偶然会ったんだ。それで、不躾ながら鍵を使っていただいてね」

 説明するヴィラニカに駆け寄り、抱える。月香がほっと溜息をついたのが聞こえた。

「いったいどうした?」

「……少し、ね」

 曖昧な答えを寄越したきり、ヴィラニカは口を噤む。こういう仕草を見せられるともう、彼からは何も聞き出すことはできない。

 レナードは、質問を変えることにした。

「なぜ月香が?」

「実は……」

 月香は、ゆっくりと説明を始めた。シディアとともにミグシャ族の集落を目指していた途中、不穏な気配を感じたこと。シディアの強い勧めで、この宮殿に来たこと。

「それで、途中カレイド皇子をやり過ごそうとしたら、間違えて変なところに出ちゃって」

「あそこは、皇族の部屋がある区画なんだよ」

 ようやくそこで、ヴィラニカが会話に加わった。

「貴族でもよほどの者でなければ出入りできない。あの部屋は、中でも特別だ」

「すみません、変なところとか言って」

「いや、いいんだ。気にしないで」

 恐縮する月香に、ヴィラニカは気さくに笑う。いつもの彼のようだが、顔色の悪さはレナードの目には明らかだ。

「ヴィラニカ……」

「しかし、巫女姫の感じた気配というのが気にかかるね」

 少し休め、と言うより先に、ヴィラニカは話を進めてしまう。

「今も感じるの?」

「ええ、ほんのかすかですが、何だか胸のあたりがいやな感じで」

 次の瞬間、レナードは驚いた。不安そうに目を伏せる月香の手に、ヴィラニカはいとも自然な仕草で触れたから。

「え? あ、あの……」

「大丈夫ですか?」

「ぅ、は、はい」

 月香は、狼狽えている。レナードの記憶にある彼女はいつも冷静で感情を表に出さなかったのだが、さすがに落ち着いてはいられなかったらしい。

 レナードですら、不意に彼が見せる無防備な気遣いには未だ戸惑うのだから。

「その気配は、この部屋から感じる?」

「いえ……。何だか、遠くの方で」

 さりげなく手を取り返し、月香は自分の膝に視線を落とした。けれど実際には、現実の目の前にあるものではなく、別の場所にある何かを探しているのだ。

「向こうの……ずっと向こうです」

 やがて譫言のように呟きながら、月香は背後に身体を捻り真っ直ぐ腕を伸ばして先を指さした。

「何があるんだろう。そちらの方向には、広間と来賓の宿泊される部屋と」

 そこでヴィラニカは、ふと言葉を途切れさせた。しばらく考え込み、視線をさまよわせる。

 その、翡翠と。

 一瞬だけ、見つめ合った。

 レナードは、瞬きもせずにいた。できずに、いた。

 細められる翠の瞳から、何物も読みとれなくて。

「そう、他にあるとしたら」

 ほんの刹那、だった。

 それを幻にしてしまう強さで、ヴィラニカは言葉を紡ぐ。

「葬儀の行われる聖堂。今は義兄上のご遺体が安置されている場所くらいだね」

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