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150.いいのだろうか

「よし、できた」

 書類を机の上でとんとんと揃え、ファサールカはほっと微笑んだ。

「ありがとうございます、おかげで予定よりずっと早くに終わらせられました」

 アステルはファサールカに礼を言い、机だけでなく床にも散乱していた本や巻物を集めにかかった。琴音も無言で手伝う。

「それにしても、これが魔王……。正直、この目であの攻撃を見るまでは実在を疑っていました」

「無理もございませんわ。私だって、こんなことにならなければ知りもしなかったと思いますもの」

 量が多すぎるので、本棚に戻すのは明日することに決める。もう日はとっぷり暮れていたが、琴音の心は軽やかだった。

 魔王の調査が、終わったから。完全に。

 これぞ完了。一時中断でもなく、明日続きを、でもない。何てすがすがしい終わりだろう。

 のめり込みすぎて学校で板書しているときもうっかりノートに魔王雑学を書き込んでしまったりしたが、そういうことももうないのだ。

 長きに渡った作業の達成感に、琴音は浸っていた。

「それにしても、ファサールカ皇子の博識さと洞察力の鋭さは素晴らしいですわ。特に、あの大干魃と魔王との因果関係を思いつかれた時なんて……」

「いえ、アステル王女のご指摘がその前にあったからです。あそこから推測を重ねていっただけです」

「そんな、ご謙遜なんて」

 浸っていないと、そんな会話が延々聞こえていてこそばゆいからだ。

 ファサールカとアステルは、どんどん仲良くなっている。調べ物目的とは言え一日の大半を一緒に過ごせば、互いのことがわかるようにもなるし、話もたくさんする。互いに好意を抱いていれば、当然の結果だろう。

 人を好きになるためには、何も遅刻しそうになって走っていて曲がり角でぶつかるとか、新学期に隣の席になった途端迫られたとか、学園の人気者から目をつけられたとか、そんな劇的で特別なきっかけが必要だというわけではないのだ。

 例えば、何気ない会話のほんの一端にはっとしたとき。

 例えば、同じものが好きだとわかったとき。

 例えば、何でもない行為が心に染みたとき。

 そんな平凡で些細なことでも、一瞬で特別な出来事に変わる。そういうものなのだ。

 琴音も、そうだったから。

 初めてのそんな体験は、残念ながら無残に玉砕した。でも、やはり告白してよかったと今では思う。

 どんな結末になるかまですべてひっくるめて、恋をしたということなのだと。

 レナードのことは、だから、恋ではなかったのだろう。

 胸がときめいたのは事実、もっと知り合いたいと思ったのも、嘘ではない。でもきっと、恋に至るまでにはなっていなかった。

 彼が行方不明になっても、たとえば身を切られるほどのつらさを感じなかったのは、つまりそういうことだ。

 無事でいてほしい、と思うのもまた、嘘ではないけれど。

「琴音」

 アステルが、後ろからそっと琴音の腕をとった。

「このまま、おばあさまに報告書を持っていこうと思いますの。一緒に参ります?」

「うん……」

 琴音は、腕時計を見た。まだバイト上がりの時間までは結構ある。税金などが面倒になるのでできれば定時にあがるように言われているので、帰る時間は厳守しなければならないのだが、報告書を持っていくだけなら遅れることもないだろう。

 問題は。

「一緒に行ってもいいけど、お邪魔じゃないかな?」

「な、な……っ」

 アステルは、真っ赤になった。わかりやすい。というか、古代から連綿と受け継がれているパターンだ。あからさますぎて、一周して新鮮さすら感じる。

 なのに、ファサールカは平然とこんなことを訊くのだ。

「アステル王女、どうかなさいましたか? お疲れでは」

 本当に気づいていないなら天然記念物級の鈍感、気づいていてとぼけているなら遊び人疑惑すら浮上する。

「じゃ、行きましょうか……」

 何だか無駄に疲労した気がする琴音だった。

 三人はそれから言葉少なのまま王宮内を移動し、皇太后の離れへ到着する。

「どうぞ、こちらでお待ちください」

 居間に案内してくれたミュージアは、やはり青ざめた顔で元気がなかった。三人にお茶を出すと、すぐに一礼して引っ込んでしまう。

 シディアのことが心配なのだろうか。

「それにしても、気になることがありますわ」

 手持ちぶさたな雰囲気を払拭するためか、アステルが話し始める。

「記録によると、魔王の被害はどうやらあちこちで連続して起きているようなのに、各国の状況を調査しても今同じ現象を確認することはできませんの」

「……どういうこと?」

「わかりませんわ。魔王の力が、以前より弱くなっているのか、あるいは」

 皇太后や他の偉い人たちが話し合って、魔王の仕業と断言できる出来事は、琴音と月香で消滅させたあの光の球だけ、という結論に達したのだそうだ。もちろん、資料としてアステルや琴音が調べ上げたレポートが使用された。さらに皇太后は実際魔王と戦った巫女姫であり、清子というもう一人の生き証人もいる。まず間違いない、ということだ。

 では、どういうことになるのだろう。

 魔王が弱くなっているのなら、それに越したことはない。終末の剣という必殺武器もあるのだから、現場に乗り込んだ月香やエリューシア達が倒してくる。きっと。

 しかしもし、他に理由や原因があるのなら。

 琴音は、唇を引き結んだ。

 自分は防御の力を持つ巫女姫。エンディミオンを守らなければならない。わかっている。

 だが本当に守らなければならないのは、この世界なのだ。

 いいのだろうか。ここに、いても。

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