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145/172

145.取り戻すためなら

 傍らの喪失感に、今まで気づかなかった。

 エリューシアにそれを思い出させたのは、息子とよく似た面差しのバークレイン公爵夫人だった。

「レナードは元気にしておりますの? 殿下」

 鷹揚に扇を使いながら、夫人は尋ねる。エリューシアの沈黙にも表情にも、まったく気づいた様子がない。

「ええ……少し、面倒をかけてしまっておりますが」

「それは問題ございませんわ。あの子は殿下のお役に立てることが、何より嬉しいのでございますから」

「……いつも、助けられています」

 幼い子供の頃から、常にそうだった。無口な従兄弟は、ほとんど年齢も違わないのにエリューシアの補佐をしようと振る舞っていた。

 表には出ようとせず、エリューシアの影のように。

 いつも、そばにいて。

「殿下」

 公爵夫人の声が、少しだけ低くなる。

「あの子を、よろしくお願いいたします」

 そして深く、頭を下げる。

「時々でいいから顔を見せるようにと、お伝えくださいまし」

 胸を吐かれる思いがした。

 この女性は、知っているのだろうか。いや、レナードのことに関しては厳しく情報を規制している。知り得ようがない。

 でも。

 喉が干上がっている。頭が働かない。

 何と返せばいい。息子を案じる母に。

「それでは、失礼いたします」

 結局、何一つかける言葉が浮かばないうちに、公爵夫人は去っていく。

 残されたエリューシアは、行き先を決めないまま歩きだした。

 静かだった。人の蠢く気配は伝わってくるけれど、見える範囲には誰もいない。王宮の中で、これほど人っ子一人いない空間というのは珍しい。

「もうすぐ、ノートリアの葬儀か……」

 思わず口をついて出た自分の言葉が、ことのほか大きく聞こえてうろたえる。

 その間にこぼれ落ちた呟きは、どこかへ消えてしまう。エリューシア自身にすら見えないところへ。

 ひどく、落ち着かない気持ちになった。

 いつも返ってきていたのだ。違う声が。

『支度は整っている』

 そう、例えばそんなふうに。

 彼の思いや感じたことや、考えたことを必ず受け止めてくれる人が、いたのだ。

 いつだって。ずっと。

「レナード……」

 不思議な青緑の瞳。エリューシアを真っ直ぐに映して、エリューシアを追い続けていたあの目。

 あの中に、自分はいなかった。あのとき。

 ザークレイデス第三皇子。

 銀の髪の、美麗な雰囲気の青年。

 魔王の力のせいだったのだろうか。それとも。

 振り降ろされた刃、血みどろの姿。

 向けられた、あり得ない思念。

 殺意。

 それもまた、混沌を呼ぼうとしている存在からの干渉故だったのだろうか。

「魔王を、倒したら……」

 また、取り留めのない想いはつい独り言となる。

 魔王を倒したら。

 すべて、戻るのだろうか。

 この空虚も、埋められるのだろうか。

 エリューシアは、溜息をついて再び歩き出す。

 先のことはわからない。それでも、そこに希望があるのならやるしかない。

 銀の髪。

 光が当たると、恐らく黄金に輝くのだろう。

 大きく無骨な彼の手は、よくエリューシアの髪に伸びてきた。

 美しい、と直接言われたこともある。

 それを厭ったこともあったけれど。

「いくらでも、好きなだけ」

 もう拒まない。

 あの手を。

 だから。

「消し去らないとな」

 それを阻むものは、すべて。

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