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144.王女の恋

 喪服用のスーツも月香の家にはなかったのだが、そもそも異世界の葬儀で現代日本のフォーマルはまずかろうということで、月香の衣装は皇太后が見立ててくれることになった。

「私も行きたいですけど……」

 例によってエンディミオン守護のため移動ができない琴音が、月香の採寸を羨ましそうに見ている。喪服といっても、ドレスだからだ。それもかなり豪華になるらしい。

「でも、大変そうよ。礼儀作法とかしきたりとか手順とか、辞書一冊分くらいになってた」

「うげっ」

 一瞬で琴音は表情を変えた。

「月香様はお兄様の秘書官でもあるから、一通りは覚えていかなければなりませんものね」

 アステルは、優雅にお茶を飲む。彼女もザークレイデスの葬儀には出席しない。だが、ついでに新しい喪のドレスを作っておけばいいだろうと皇太后が言い出して、一緒にあつらえることになったのだ。彼女の採寸は、つい先ほど終わったばかりだという。月香がこの皇太后の離宮の一室へやってきたとき、疲労困憊の顔をしていた。

 その理由を、月香はそろそろ実感し始めている。身体の寸法を細かく測ってもらうということは、じっと動かずに我慢している時間が長いという意味だ。正直、疲れる。

「胸元の露出は抑えて……そうだ、レースをあしらうのはいかがでしょう?」

「レースですか……?」

 仕立屋に尋ねられ、月香は首を傾げた。

「このような薄いレースで、喪の場でもはしたなくならず、それでいてお美しさを損なうことなくお召しいただけるかと」

 別に損なわれて困るほど美しくはないと思うのだが、それは別にしても喪服にあまりレースをつけるのはどうなのだろうか。

 月香が返答に困っていると、皇太后がやってきた。

「首から胸のあたりは生地で覆わない方がいい。暑いからね」

「なるほど」

 確かに、夏場のフォーマルスーツはサウナのようで着ているのが苦行だ。通気性のいいレースを使うことで、その問題を解決するということか。

「オーガンザーでもいいがね。シルク製だから肌触りも通気性もいい」

「シルク……!」

 月香は絶句する。こちらでのシルクの相場は知らないが、絶対安い品ではない。一度しか着ないであろうドレスのために、そんな出費が許されるのだろうか。

「経費で落ちるから、遠慮はいらない」

「なおさらだめです」

 心を読んだかのようなタイミングでよこされた言葉に、光の速さで反論する。経費と聞いたら即削減。悲しい条件反射である。

「そうは仰っても、第一王子の秘書官ともあろう方があまり安物の衣装を身につけていては、我が国の面子に関わりますわ」

「うっ」

 アステルの言い分も一理ある。月香が黙り込んだ隙に、王女は続けた。

「この度は国の代表としての葬儀参列です。お兄様を初めとするエンディミオンからの出席者は、すべて他国の目に国内情勢の判断材料として晒されるのだとご理解ください。ドレス一つとっても、付け入る隙と侮られる要因を与えるわけにはいかないのです」

「……はい」

 一理あった。そういうことなら、シルクもやむを得まい。

 月香が頷くと同時に、それまで様子を見ていた仕立屋が採寸を再開した。腕の長さ、肩幅などはともかく、胸囲と腰回りまでしっかり計っているのはなぜだろう。使う素材はともかく、あまり身体にぴったりした服は苦手なのだが。

「人を説得するのがうまくなったね、アステル」

 皇太后が扇を使いながら、満足げに孫娘に頷きかける。

「実は、ファサールカ皇子の真似ですの」

「ファサールカ皇子?」

 アステルはにっこり微笑んだ。嬉しそうに。

 月香はおや、と思ったが、皇太后はどうだっただろう。鷹揚な表情には目に見える変化はない。

「あの方はとても控えめでいらっしゃいますが、ご自身の意志を通したいときは言葉巧みに相手を納得させてしまうんですの。何かの役に立ちそうだから、あの技を是非身につけようと思いまして」

「いい心がけだ。ザークレイデスの皇族は腹芸がうまいからね」

「それに、ファサールカ様はとても勤勉でいらして。エンディミオンの街の様子や商業、文化に興味をお持ちですの」

 月香は、琴音をそっと窺った。何だか挙動不審だった。皇太后とアステルを交互に見て、どことなくはらはらしている様子だ。

 アステルは何一つ気にした様子もなく、最近ファサールカとどんな話をしたとか、彼の人となりについて楽しそうに話している。

 月香は、決してこういう方面に聡い方ではない。それでも、はっきりとわかった。

 アステルは、恋をしている。

 まずい、のではないだろうか。

 ルカは、信頼できる人物だとは思う。数日一緒に仕事と生活をして、本当に真面目で民のことを考えているのだと伝わってきた。その点においては、アステルの気持ちを後押しできる。

 だが、ルカはザークレイデスの皇族だ。身分は捨てたといっても。

 仕立屋が、腕をおろしてもいいと言った。月香はほっと溜息をつく。それは、疲れて痺れていた自分の腕のためだけではない。

「それでは、一週間後にお仮縫いに参らせていただきます」

「だそうだ。忘れないようにね」

「はい」

 返事はしたが、気持ちは喪服のドレスよりアステルの方へ向く。

 親しいつきあいはない。正直、人となりもよく知らない。

 わかることがあるとすれば、いずれ彼女が悲しむ可能性があるかもしれない、ということだけ。

「アステル、本気みたいです……」

 いつの間にかそばへやってきた琴音が、小声で言う。

「確かに、ルカさんっていい人です。私にもいろいろ教えてくれるし、それに魔王についての調べ物も手伝ってくれて」

「魔王のことも?」

 それは、いいのだろうか。異国の皇子に関わらせても。

 アステルは、頭が悪い娘ではない。もし問題があれば、何としてでもルカには調査自体知らせないようにしていただろう。

 でも、それは彼女が冷静だった場合のこと。

「皇太后様には内緒って言われていたんです。でも……」

「そうね……」

 話すだけは、話してみた方がいいかもしれない。

「私が言えば、琴音ちゃんが約束を破ったことにはならないでしょ」

「一休さんみたいですね」

 くす、と琴音が笑った。

「ありがとうございます」

「いいのよ」

 月香も笑って答えて、ふと思った。

 自分は、こんなにお節介な性格だっただろうか、と。

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