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122.異世界に転移した現代人におけるスキルの有用性

「小説か漫画でもかくの?」

 いきなり頭上からそう声をかけられて、琴音はぎくんと背筋を伸ばした。

「あ、あの、何でもないの」

「何でもない割には、ずいぶんたくさん書き込んであるけど……」

 一瞬隠すのが遅れたノートをのぞき込まれて、琴音は後悔した。やはり、魔王のまとめは学校でやるべきではなかった。

 勝手にノートを読んでいるのは、雪子。クラス委員やバレー部の活動など積極的に学校生活を楽しんでいるしっかり者だが、琴音とはそれほど親しいわけではない。栄美の幼なじみだとかで、何度か一緒に出かけたことがあるくらいだ。

「魔王かぁ。おもしろそう」

「そ、そうかな」

 実際ヴィヅはおもしろいどころではないのだが、とりあえず琴音は話を合わせておく。

「最近こういう正統派の魔王って逆に珍しいじゃない。何となくのりで世界を滅ぼしましょう的な」

「のり……」

「古いRPGの魔王って、そんな感じじゃない? だんだん魔王にも事情があるんだよって傾向が増えてきたけど、こう事情ばっかりになると新鮮味がないし。のりと勢いの魔王、いいと思う」

「う、うん……」

 曖昧に頷く琴音。そこで会話は途切れたが、気まずくなる前に栄美がちょうど教室にやってくる。

「琴音、お待たせ。掃除終わったよ」

 クラスの受け持ちである理科室の掃除当番だった栄美を待っている間、琴音は教室で彼女を待ちつつ魔王について調べたことをノートにまとめていたのだ。

「あれ、雪子。どうしたの?」

「今日は部活休みだから。帰ろうとしたら美原さんがノートにおもしろそうな設定書いてたんで、見せてもらってた」

「設定?」

 琴音はあわててノートをしまおうとしたが、栄美の方が早かった。

「なになに? ……へぇ、ほんとにおもしろそう」

「でしょ?」

 琴音小説家になれるかもよ、と栄美までもがのほほんと言い出した。琴音はもにょもにょと言い訳して、何とかノートは返してもらう。

 もう、学校でヴィヅのことを考えるのはやめよう。

「あーでも、異世界ものかぁ。最近本屋に行ってもそういうのばっかりだよね」

 何となく三人で並んで教室を出ながら、栄美が言った。

「流行ってるのは知ってるけど、読んだことないな」

「雪子部活とか忙しいからじゃない? 今度よければ貸すよ」

 おすすめの本について熱く語る栄美と、相づちを打ちながら聞いている雪子。琴音は、二人の後ろから黙ってついていく。

「やっぱ違う世界でいろいろできるのが楽しいなって思うよ。主人公チートだからなんでも簡単に片づけられるし、何でも好きにできるし」

「へぇ。楽しそうだね」

「夢があるよね、異世界トリップは」

 夢。

 異世界に行けば、何でもできるようになる。今の自分とは違う、完璧な存在になれる。思いのままにならないことなどなくなる。楽しく過ごせるようになる。

 琴音も、少し前までそう思っていた。

「あ、ちょっと本屋寄っていい?」

 もうすぐ駅に着くというところで、栄美は立ち止まり琴音を振り返った。

「いいよ」

「ありがと。じゃ雪子には、ついでに今おすすめしたの紹介しちゃおう」

 店に入ると、栄美と雪子は小説コーナーへ向かう。琴音はゆっくり歩いているうち、二人からは離れてしまう。

 いわゆる若者向けの小説は、文芸コーナーとは別になっている。どちらが賑わっているかというと、やはり表紙が華やかなライト系に分があるのだろうか。

 新刊が平積になっている。少女と青年が描かれたきらびやかな一角、露出の多い美少女が一人で大胆なポーズを取っている表紙群、そして最近よく目に着くのが、どこかの店のカウンターを背景に置いたイラストの表紙。

 何となくそれらを眺めながら進み、ふと琴音は足を止めた。

 鎧を着た青年、エルフらしい少女、そして、竜。

 異世界ファンタジー。

 手にとって、裏表紙のあらすじを読む。異世界にトリップした現代人が、持っていたスキルで大活躍。

「大活躍……か」

 琴音には、巫女姫の力がある。すごい力だとは、自分でも思わないわけではない。

 本をぱらぱらめくる。時折目に飛び込んでくる単語を、拾い読む。

 世界を救う。

 魔王を倒す。

 勇者。

 姫。

 恋。

 琴音は、本を閉じた。

 この物語で主人公が備えているスキルというのは、特別な力ではないらしい。むしろ現代の日本では、持っていても役に立たないと言われる類の特技のようだ。

 琴音には、何もなかった。

 むしろ、つまらない人間だ、と言われた。

 異世界で目覚めた力はあるけれど、それを使って何かができているわけでもない。

 率先して敵のいる場所へ向かったエリューシア。

 以前は敵対していたけれど、今は力を貸してくれているアンジュ。

 魔王を倒す切り札となったシディア。

 自分にできることをして、サポートをがんばっているアステル。

 そして。

 琴音と同じこの世界の人間なのに、まったく迷わずエリューシア達についていった月香。

 琴音と違って、巫女姫の力に目覚めていないのに。

「月香さん……」

 覚醒していなくても、彼女には聡明さや実行力がある。

 琴音と、違って。

 ページが、開かれたまま動かない。大きく広がった文字列は、しかし琴音の中で言葉にならず意味をなさない。

 琴音はゆっくりと本を閉じた。表紙には、『勇者と仲間達』のイラスト。

 それをなるべく見ないようにして、そっと元の場所へ戻した。

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