101.黄金の、よう
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明日には、エンディミオンへ向けて出発しなければならない。
従者達が荷物をまとめて、可能な限り搬出しているのをレナードは時折見かけていた。アステルは、訪ねてきたファサールカ皇子とお茶を楽しんでいる。本来の目的を果たした今、彼女は純粋に社交として彼との交流を楽しんでいるようだった。
手水へ行くふりを装って、レナードは和やかに進むお茶の席から離れた。宮殿の廊下へ出て、特に行き先も決めず歩いていくと、中庭を囲む通廊へ出た。
ザークレイデスは、気候条件がよくない。エンディミオンであれば庭には美しい四季折々の草木と花が整えられているのに、ここにあるのは大小の石を配置しただけの奇妙な光景だ。自然の恵みに乏しいこの国でも何とかそれを感じられるようにと、大きな石を配したあとに敷き詰めた小石に独自の文様を入れることで、水の流れを描き出しているのだという。
祖母の世界へ遊びに行ったエリューシアが、向こうにもまったく同じ庭があったと興奮気味に話してくれたことをふと思い出す。あれは、いつのことだったろう。少なくとも、十年は昔。
金の髪と緑の瞳は、あのころから美しくて。
かつ、という音が、レナードから少し離れた位置で止まった。振り返り、目をみはる。
白金の光が、あった。
「失礼。驚かせてしまいましたか?」
ヴィラニカはやはり一分の隙もない微笑を浮かべて、軽く一礼した。
「いいえ……」
「ファサールカが、宮殿へ来ていると聞いて。けれど、アステル姫と歓談中のようですね」
レナードに近寄らぬまま、それでも言葉の調子は気さくだ。これが彼のやり方なのだろうと、レナードは思う。人当たりよく、相手に好意を抱くようしむけながらも、決して不必要に己の領域には立ち入らせないし、近づけもしない。
「早いものですね。もうご帰国ですか」
「ええ」
互いの間にできた隙間に、言葉だけが落ちていく。
「実りのあるご滞在になっていればよろしいのですが。至らぬところも多々あったとは思いますが、なにとぞご容赦を」
「いえ、大変居心地よくしていただき、王女も喜んでおります。これもみなさまのご配慮のおかげと存じます」
「そう言っていただければ、ありがたい」
第三皇子は、軽やかに声を立てて笑った。
曇り空から降りてくる光が、その一瞬だけ明るさを増したように思えてレナードは思わず息を止めた。
光を照り返して、白金の髪が煌めきをこぼす。
眩しいのに、目を灼くことはない優しい輝き。
「どうかなさいましたか?」
呼びかけられて、やっと我に返る。息苦しさにも、初めて気がついた。
「お疲れではありませんか? あまりお顔の色も優れないようにお見受けしますが」
「……ええ、ありがとうございます」
かろうじて、的外れではない答えを返せた。
ヴィラニカは、そのまま簡単な挨拶を残して廊下を去っていった。すでにくすんだ薄明かりに戻った空気の中を、彼の纏う色彩は実に鮮やかに裂いていく。
鳶色や茶の髪色が多いザークレイデスにあって、彼は間違いなく異質だ。あまりにも。
あの一瞬の眩しさが、まだ瞼の裏から消えていかない。
ほんの僅かな光を、照り返して。
――黄金の、よう。
頭に浮かんだ言葉を、レナードはしばしの時をおいてゆっくりと反復した。




