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大学生とピザパーティー4

「アンタ、真珠島のときはよくやってくれたなぁ!トドメさされにまたノコノコ出てきやがって。今度こそ逃がさないからね!」

 ポンパの少女はゾウのような巨大なマシンの背中から乗り出して今にも飛び出さんばかりに腕を伸ばして怒鳴っている。

「もうあんな失敗はしない。」

 対する充斉(みつなり)はポツリと呟くと、重機めがけて真っ直ぐに踏み込んだ。

「アハ!潰れちゃえ!」

 マシンが前脚を高々と持ち上げウイリーのような体勢をとった。しかし充斉は構わずマシンの巨大な足元に滑り込んでいく。そこへマシンは図ったように前のめりに倒れ込んでくる。

「あぶ…!」

 思わず(あらた)が叫びかけたところで、ビタリ、とゾウの姿勢が止まった。まだ足は地面から1mほど浮いている。

「嘘でしょ?」

 ポンパが斜めの姿勢のまま引き()った表情をしている。俺も同感です。そしてそのまま逆にマシンの足が数十センチばかり持ち上がった。嘘でも何でも現実のようだ。充斉が重機の足のつっかえ棒になっている。そう、しかも片手で。

「アンタ前から、」

 悲痛な声を上げる少女を乗せたまま、ゾウの足元から白い光があふれる。夜道に煌々(こうこう)と…目に痛い。HIDランプのようだ。

「反則なのよぉぉぉおお!」

 破裂音と共に巨ゾウの前脚が光の尾を引いて高々とぶち上がり、仰向けに引っくり返る。重低音が腹の底に響いた。

紫夜(しより)!!」

 今度こそ新は叫んでいた。あのマシンにはまだ紫夜しよりが乗ったままだ。夜気(やき)の中アパートの崩れたへいを飛び越えて駆け寄った。駆け寄る内に巨体の背中側へ回り込むまでもなく、いつの間にか倒れた機械の上に立っていた充斉を目が捉えた。しっかりと隣に立つ紫夜の身体を支えてやっている。新はようやく安堵(あんど)の息を()らした。幸い周囲の住宅にも被害はなさそうだ。道が広くて良かった。

 充斉(みつなり)は一つ頷いて紫夜から2、3歩離れると、軽い足取りで跳躍した。倒れたマシンから少し離れた所、座り込んでいたポンパの目の前に降り立つ。ヒッという小さな悲鳴が聞こえた。今度は紫夜ではなくポンパのものだ。

「民間人に手を出すことの、意味は分かるなヌリエラ?」

 新は充斉の冷たい声を初めてきいた。どうやら怒っているらしい。

「そっ、そいつは人間(ヴィラァグ)じゃない。そっちのお兄さんには何もしてないよ。」

 ヌリエラと呼ばれた少女の声は少し震えている。そいつ、と言いながら紫夜を指さした。さっきから言っているビラーグって何だろう。そして俺は何とか無事だが先ほど粉々にされかけたと思う。

「どこの情報だ。私は彼女に初めて会ったぞ。」

「アンタ、隣の地区だろ。コッチは緑マスクの小うるさいのが居んだから。それで知らないだけじゃないの。」

 淡々(たんたん)と話す充斉とヌリエラの会話から新は何とか情報を得ようと試みる。緑マスクって昨晩の銀緑(ヒーロー)の事だろうか。

「お前の情報源を出せ。」

「い、嫌だ。」

「事と次第によっては、」

 ドン、と(わざ)と足音を立てて充斉(みつなり)が一歩近づく。いや、足音っていうかアスファルトに凹みができている。ちょっと待て。人間技じゃないぞ。

 …あ、人間じゃなかった。

「風穴が開くぞ。」

 ヌリエラが息を()む。

「お前のそのお気に入りのマントに。」

「いやっ、それだけはぁっ!!」

「マントかよ!!!」

 新は思わず声を上げてツッコんでいた。

「…いたのか。」

「最初からいただろうが。」

 充斉が背中のまま、すっ(とぼ)けた声をあげた。どうやら少女も抵抗の様子を見せなくなったらしい。新も歩いて二人の近くまで寄って行った。話を聞かなくてはならない。何で自分がこんな事態に巻き込まれているのか。何で紫夜(しより)が連れて行かれそうになっていたのか。

「あた…アタシは、指令書通りに出るだけ、だから…。」

 近くで見るとヌリエラはずいぶん小柄な女の子だった。高校生にもなっていなさそうな幼い少女は、ブリブリの濃紺ドレスとどピンク長靴でなければそれなりにカワイイといえる。今はしおらしくしている上にアスファルトにべた座りしているため、ちょっと可哀想に見えた。しかし先ほどまでの怒声を思い返し、すぐにイヤイヤと(かぶり)をふる。

「指令書とやら、見せてもらおうか。」

 ()(まで)冷静な充斉が詰問(きつもん)する。

「あ、アンタたちじゃ読めないよ。ヴァルルカン(あたしたち)のコムニカジオシュだから。」

「単語が痛い。」

「なるほど、ちょっと痛い目にあいたいようだな。」

 新の突っ込みを受けた訳ではなかろうが、充斉は段々と苛烈(かれつ)な脅しに移行していく。重機をひっくり返す剛腕である。血の雨とか降ってきたらトラウマになりそうだ。

「ほんとだって!あ、あ、まって、ゴメンなさい。マント踏まないで。」

 充斉がそっと銀糸のブーツをヌリエラのロングマントにかけた。少女の表情がみるみる青ざめる。

「わ、ある、あるからっ。メモならっ。指令書自体じゃないけどコムニカジオシュと同時送信されてきた資料!見せるから!お願い!」

 半ば泣き出しそうな勢いでヌリエラはマントの下からいそいそと携帯電話を取り出した。携帯電話だ。どう見ても。二つ折りのラウンドフォルムの白い携帯は背面に時計表示の小型液晶がついており、アンテナは内蔵型のようだ。新の今はなき携帯(おのれミツナリ)も丸っこいデザインではなかったものの、このタイプだった。なるほど、これが充斉が間違えた悪者装備(ティトコシュフェギヴェル)とやらだろうか。

 ヌリエラはなれた手つきでカタカタとボタン操作をすると、画面を上に向けて中央のエンターキーらしきボタンを押した。ふと見ると、ボタンに書かれた文字が日本語キーでは無いようだ。QRコードのようなものがボタン毎に印字されている。パキッという高い電子音がして、ヌリエラの携帯画面の上に1枚のメモ用紙が現れた。ヤバイ、3Dプロジェクタの機能が付いているらしい。ナニコレ超すごい。

 感心している間に、ヌリエラが携帯側面のダイヤルか何かを調節しだすと、メモ用紙のピントが鮮明になった。書いてある情報が読み取れるようになる。それをみて新の頭も急激に冷えた。日本語と図形でかかれたメモは新にも理解できた。

「なんで、」

 か細い声がして振り替えると、いつの間にか新の後ろに紫夜(しより)が立っていた。

「何で私の名前が書いてあるの?」

 紫夜の声がかすれて流れた。それを聞いて、新は心臓が半分に縮む思いをした。確かに、そう読める。落ち着きを取り戻したヌリエラがため息と共に補足する。

「クソ緑の補佐をしているだろうフェチケフィゼクを解錠するのにキーを探してた。資料からすると、キーはそいつ。人間(ヴィラァグ)じゃないんでしょ。」

 ヌリエラは再び紫夜(しより)を指して言う。もしもこのメモ書きが本当なら紫夜も(なにがし)かの関係者なのかもしれない。だが、それは()()()()()。少なくとも新には断言できる。てか、ビラーグってなんなんだ。

「このメモは誰から渡された?」

 充斉はまだマントを踏んだままだ。

「…。」

 ヌリエラはそっぽを向いた。

 遠くでヘリコプターがゆったりと飛んでいるのを眺めている。素知らぬふりを決め込むようだ。しかし充斉は容赦なかった。

「ぎゃん!」

 横向きのヌリエラのおでこに銀色のデコピンがとんだ。前髪をポンパドールにしているため確かに、デコが出ている。とてもいい音がした。

「ひどい!女の子のおでこに!」

「さっさとしろ。英語の宿題がまだ残ってるんだこちとら。」

 冷静なのかと思いきや、存外ひどく個人的な理由にかられてみえるのですが充斉(みつなり)サン。うん、まぁ中学生が起きているにしてはもう十分に遅い時間なのだが。

「わ、私の上司(フーヌゥク)に決まってるでしょ。」

「そいつは誰なのかと聞いてるんだ。」

 痛い単語が多すぎてイマイチ会話についていけない。しかし、いちいち尋ねる暇もない。そして、ここいらで口を挟まなくてはなるまい。

「あのぅ、白熱中のところすまないのですが。」

「ん?なんだ。見ての通り取り込み中だぞ。」

 少なくとも、俺は紫夜には謝らねばならない。

 一世一代(いっせいちだい)の告白になりそうだ。


「そのメモ、俺が書きました。」


「はぁ?」

「へ?」

「えっ?」

 三者三様の反応だった。それはそうだろう。部外者と思われていた新が、一番の当事者だとは誰も思っていなかったろう。

「そしてゴメン、それ紫夜の事じゃなく、ソイツのこと。字汚くて「沖」の字に見えるから間違われたんだな…。」

 ソイツ、というのは充斉である。

 ヌリエラの表示したメモは、新が確かにうっかり書いて提出したあの用紙だった。

「それ、今朝の2限のテスト用紙。」

「あっ?」

 紫夜が用紙をまじまじと見る。


 用紙には上向きの三角形が書いてあった。

 左下には「銀緑」、右下に「どピンク」。

 てっぺんに「ミ(中・液)」。「ミ」は充斉みつなりの事だった。「(中・液)」は中学生、液体。


 そして、紫夜の名前は「沖紫夜(オキシヨリ)」という。


 バラバラバラ

 ヘリコプターが頭上を通過していく。

 夜風の中それぞれの思いが交錯(こうさく)し、妙な沈黙が流れた。そして、縄梯子(なわばしご)が降りてきた。

 …縄梯子?どこからあんなものが?しかもハシゴに誰か乗っている。

 バラバラと今や騒音激しく接近してきたヘリコプターから縄梯子がたらされていた。ヘリコプターは何故か徐々に高度を落とし、アパートの屋上あたりの高さまで近づいてくると、ホバリングをしだした。ちょうど4人の固まっている道路の延長上、ほど近い上空にそのヘリは浮かんでおり、じっとりとこちらを向いているためライトが眩しく機影が逆光となっている。人影もシルエットのためよく見えない。

「くらえっ!」

「どわぁ!?」

 突如縄梯子の人物から野球ボール大の何かが放たれてきた。反射的に身をかわす。間一髪で避けることができ、飛来物はバシャリと音を立てて足元に液状に広がった。水風船かと一瞬思ったがどうやら違う。謎の液体のかかった部分でアスファルトが泡立ち、変なにおいの蒸気がほのかに立ち上っている。触ったらヤバい感じの物体であることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)である。どうやら味方の勢力ではないようだ。しかし攻撃するなら掛け声なんぞかけなければいいのに。アホなのか。

「あっはっはー!油断したなバーカバーカ!」

 ハッとして見上げるといつの間にかハシゴにヌリエラも乗っている。ヘリの音に負けない声量でバカにしてくるとは中々だ。そうこうする内にヘリコプターは見る間に高度を上げて飛び去っていく。

「おぼえてろよ真珠採(しんじゅと)り~~!」

 遠くでヌリエラの捨て台詞(ゼリフ)が響いていた。あっという間に飛行物は光の点滅になり、はるか遠く南の空へ消えていく。

 新は呆気(あっけ)にとられてただその様子を眺めていた。紫夜も同じようで、少し離れた場所で空を見上げて立っている。新はぼんやりと「縄梯子から飛行中にヘリに戻るの、大変そうだなぁ。」などと考えていた。どうにも思考回路がおかしくなってきた気がする。充斉(みつなり)は…どうしたろう。

 振り返るとその充斉は何事もなかったかのように明後日あさっての方向を向いて立っている。いや、よく見ると倒されて放置されたゾウ型マシンの前に立って、A5くらいの下敷き型のデバイスを何やら操作しているところだった。逃げた敵を追いかけるとか驚きのリアクションをするとか、何かそういう出来事ではなかったらしい。ヌリエラのしぶとそうな様子を見るといつものことなのかもしれない。やがてデバイスから緑色の光が漏れると、充斉がそれをマシンにかざす。

「!」

 下敷きから緑のレーザ光がマシンに照射されたかと思うと、巨大マシンが下敷き型デバイスに()()()()()()。目を疑うのはそろそろ諦めたらいいのだろうか。色々なことが起こりすぎて、(あらた)は現実に理解が追いついていかなくなっていた。

「ま、いいか…。」

 とりあえず、今晩は生き延びることができたようだ。まずはそのことを喜ぶことにした。

「あの。」

「お、お疲れ。」

 再び振り返ると紫夜(しより)がうつむいたまま何か言いたそうにしている。まさかメモの件、怒っているのだろうか。

「ごめん。俺のせいで巻き込んだみたいで。」

 そういう新自身も巻き込まれただけなのだが、そこはソレである。とにかく先に謝っておこう。謝罪は先手必勝に限る。しかし紫夜は首を横に振った。怒っているわけではないらしい。

「…う。」

「え?」

「ありがとう。助けてくれて。」

 新は今度は耳を疑った。目も耳も信じられなくなったら何を頼ればいいんだろう。

「俺、何かしたっけ。」

「うん。止めに出てきてくれたから。」

 新は自分の行動を振り返ってみた。そういえば、キメ台詞をキメそびれたな。

「ありがとう。おやすみ。」

「あ…。」

 それだけいうと新が何か返答する前に紫夜はスタスタと歩き出してしまった。そういえばもう遅い時間ではあるのだが。充斉のこととか、いいのだろうか。

「彼女には悪いが記憶の操作をする方向で協議が固まった。」

「どわ!いきなり後ろに立つなよ。」

 真後ろからの声に振り返ると一仕事終えた銀糸のマスクが立っていた。並んでみると意外と充斉もチビである。まぁ中学生の時は俺もこんなもんだったろうか。しかし相変わらず心臓に悪い。

「記憶を操作って?何かしたのか。」

「民間人との接触は避けるのが本来のルールだ。仕方あるまい。」

「俺も民間人なんだけど。」

 充斉がちょっと小首をかしげる動作をした。どういう意味だ。

「明日には彼女は我々の事は忘れている。」

 どうやら、記憶を何やら改ざんするということらしい。

「ん?するとさっきのヌリエラにさらわれかけたことは忘れるんだな?」

「そういうことになるな。」

 新はうなった。それは紫夜にとっては良かったのかもしれない。多分、覚えていたらトラウマだろうから。

「何か言われたら適当に合わせてやってくれ。決して私たちのことは話さないようにな。」

 だから。俺のことは。いいんでしょうか。というのは訊いてもいいんだろうか。何かさっきからスルーされている気がするんだが。

「…お前、もう少し中学生らしく話したら?」

「えっ。…中学生らしく…。」

 言いたいことが伝わらない苛立(いらだ)ちからか、前々から思っていたことをつい口に出してしまった。新の全身に思い出したように疲れがかえってきた。明日になったら、俺も何もかも忘れていたらいいのに。

「メモの事、また詳しく聞かせてもらうぞ。」

「…明日くらい休ませてよ。」

 充斉は少し考えるようなそぶりを見せてから、一つ頷いて呟いた。


「また、明日。」

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