大学生とピザパーティー3
新城新は困惑していた。
背中から石壁の冷たさが伝わってくる。何だよコレは。
ピザパが無事(?)に終わり、平等の車で帰途についた。新と家が近所だということで紫夜も一緒に乗っていった。そこまではいい。問題は降りた後に起こった。
「あ、俺もここでいい。歩けるし。」
「おう、ほな気ぃつけてな。」
紫夜の家の近くで一緒に降ろしてもらった。海に近い住宅街の中、二人でラパンを見送る。もうとっぷり夜も更けていた。もしかして俺がお邪魔だったんじゃないだろうかとちょっと邪推する。紫夜も独り暮らしだ。しかしそれをきく程、仲良くもない。
「気を付けてね。」
か細い声で紫夜が呟いた。国道沿いと違い、ひとつ路地を入った住宅地に街灯は少ない。気を付けた方がいいのはそっちじゃないだろうか。恰好こそソフトロリータだが平等とは真反対に物静かな子だ。真っ白なフリルスカートに15cmはあろうかという厚底のブーツを履いている。ブーツのせいで俺より目線が高い。全体に白っぽい服装のせいか、夜の中で彼女だけ浮いて見える。綿棒のようだ。
「部屋の前まで送ろうか。」
とでも言えればいいのだろうが、そんな勇気はない。じゃあ、とだけいって別々の方向に歩き出す。最近は妙なことが続いていたし、今晩こそは久々にゆっくりしたいな。
…きゃっ…
遠く後ろの方で小さな悲鳴が聞こえた。
何事かと振り返る。
目を凝らすと、闇夜にどピンクが閃いた。…どピンク?
「あんた、ちょっとかわいい服着てるからって容赦しないからね。」
「…!」
新は目を疑った。紫夜の格好など目じゃない、『ド』が付く程派手なレース大量の濃紺のドレスに裏地がショッキングピンクのロングマント。そして同じくショッキングピンクの長靴。忘れるはずもない。昨晩すぐそこの浜辺で銀緑ヒーローにぶっ飛ばされていたポンパドールの女の子だ。あれだけぶっ飛ばされて無事だったのか。その女の子が浮いている。浮いている!?いや、いやいやいや、よく見ると平屋の屋根の上に立っているようだ。暗い上に遠いので良く分からない。唯一分かることは、『紫夜も同じく屋根の上に立っている』ということだ。どういうことだ。
「暴れるんじゃないよ。痛い目に会いたいの?」
「は、離して…。」
どうやらポンパが無理やり紫夜を屋根の上に引きずり上げているらしい。待って。どういうことなの。何が起きてるの。動くに動けず新がまんじりとしていると、彼女たちの足元の平屋がゆっくりと動き出した。動き出した?動いてるよな、アレ。アレ?俺の目がおかしいの?
家じゃない。
動き出したソレはこちらにゆっくりと近づいて来る。
だって、脚があるもの。
ズシンッ…
震動が新の心臓に届いた。はっとして咄嗟にアパートの塀の裏に隠れた。街灯の前を通るソレは4足歩行で、歩みはさほど速くない。生き物を連想すると強いて言うならゾウに一番近いだろう。高さ5mはあろうかという重機だった。脚と胴体の長さはほぼ同じくらいで、鼻の長い獏のような形状の頭部を持ち、反対の部分には連なった瓦のような尾が垂れている。そのゾウのようなマシンの背中にどピンクの少女と腕をひねりあげられている紫夜が乗っている。そして何やら言い争っている。新は暗がりにいるので向こうからは姿が見えていないようだ。デカい。何だよコレは。蹴られただけで即死だろう。対してこちらからはひっかき傷すらつけられそうにもない。昨晩の鉄球を思い出す。見つかれば間違いなく見逃してもらえない。ドッと冷や汗が出てきた。
ゆっくりとマシンが近づいてきた。地響きに紛れてはいるが徐々に声が聞こえるようになってくる。
「…と仲間割れ…じゃない。いい気味。さっさと白状しな。」
「知らない…」
元々声の小さい紫夜が何を言っているのかはほとんど聞き取れない。マシンが新の横を通過していく。道が広くて良かった。…いや、この状況はさほど良くないのだが。軋む機械音の間にどピンクの恫喝が聞こえる。
「あんたがフェチケフィゼクのキーってのは分かってんだよ。ソッチ同士で割れてんなら問題無いだろ。真珠採りに来た坊ちゃんのタマ取れたらアンタのことは悪いようにしないからさぁ。」
今、聞き覚えのある単語が出た。確か銀緑マスクが口走っていた痛ワードじゃないか。紫夜がヒーローの何を知っているというんだ。
ズシンッ
「…めて…」
「しらばっくれないでくれる?」
段々声が遠ざかっていく。マズイ、何とかしなくてはいけない。しかし俺に何ができる。
何が…。
ズシンッ
…あっ。
(そうだ、ミツナリ…アイツなら…。)
急いで鞄を確認する。焦ってうまく開かない。念入りに閉じたりするんじゃなかった。どこだ、あのデバイス。肝心な時にっ。
ズシンッ
待ってくれ、あのままじゃ紫夜はどうなる。充斉が言っていたことが事実なら魂を抜かれて…。
ズシッ…
俺は目の前で呆けてるだけなのか。そんなことは。
…ズシッ…
ピコン
鞄の中から緑色の光が漏れた。いつの間にか手が腕時計型のデバイスをつかんでいた。文字盤に黒い模様が流れる。
ヒーローでも宇宙生命体でも何でもいい。
助けてください。
ピーーーーーーーーー
突如痛デバが甲高い音を上げ、新は飛び上った。画面は赤の光に点滅している。ま、まて、急にそんな大きな音出したら…!
ギギギィ…
「あ~?何だよ近くに居るんじゃねぇか。」
ゾウマシンが歩みを止め、ゆっくりとした動作でこちらに方向転換してくる。ポンパのお嬢さん、俺より大分年下だと思うのに声にドスが効き過ぎてませんか。ようやく痛デバの音が止んだ。しかしどう考えても手遅れだ。
「んんん?さっさと出て来いよ。コソコソしやがってさぁ。」
「ひっ…!」
か細い悲鳴と共に紫夜の身体が大きく揺れて頭一つほどさらに浮き上がる。これ見よがしに首元をポンパが締め上げていた。いくら紫夜が痩身とはいえ、片手で自分より背の高い人間をああも持ち上げられるものだろうか。そういえば顔面を思いきりグーパンされたというのに綺麗な顔をしている。やっぱりあの子も人間じゃ無いんだ。
「アタシがいくら気が長くてもぉ、うっかり殺しちゃうかもしれないでしょぉ。イラッイラしてんだよこちとらさぁぁあ。早く出て来いやぁ!」
お世辞にも気長に見えないぞポンパ。新は覗き込むのをやめて塀にピッタリと背中を付けて息を殺した。マシンの歩行に合わせて地響きが背中を震わせる。冗談じゃない。何でこんな不自然な状況になる!宅地だぞ。警察…いや、もはや自衛隊が必要だろうが。マシンは新の隠れるアパートの前までやって来ると歩みを止めた。
「そんなに遠くなかったんだけどぉ?見つからないとアチコチ壊しちゃうよぉ?」
無邪気な声で何言ってんだ。塀のことか、紫夜のことか、どっちにしてもマズ過ぎるだろ。
(俺が、今、飛び出せば。)
何が変わるだろうか。少なくとも紫夜以上に『真珠採りに来た坊っちゃん』について俺は知っている。新は記憶力は悪くない。充斉が言っていた『真珠島』という単語を思い出す。それを話せば…紫夜だけでも助けることができるだろうか。もちろん、俺は助からないだろうが。
バカみたいに足が震えた。
(何も惜しいものなんて、ないじゃないか。)
痛くないと、いいな。
新は塀を蹴ってアパートの駐車場に飛び出した。
ドガッッッ!!!
「はっ!?」
バラバラと背後から石の破片が飛びかかってきた。突然の石つぶてと衝撃でつんのめる。うあ、ださっ。
振り返ると獏の鼻が煙を巻き上げてこちらを見ていた。先程まで新が背を預けていた塀が木っ端微塵になっている。どうやら、今の瞬間に踏み出していなかったら、塀と共にバラバラにされていたらしい…。
飛び出してみてよかったぁぁぁ!
「んん?誰よアンタ。人間じゃないの。」
潤んだ瞳の紫夜と目があった。隣ではどピンクが眉間にシワを寄せている。目が悪いのか、機嫌が悪いのか。紫夜を締め上げるのはとりあえずやめてくれたらしい。そして、俺も足の震えは止んだようだ。ゆっくりと息を吸い込んで少女の姿をした化け物と向き合った。
「その子を離してくれたら、お前の…」
キラッ
あ、流れ星。
…一生に一度の決め台詞くらい、言わせてほしかったな。
ズガァァァッ!!
目の前で巨大なマシンが突然傾ぐ。ゾウの首の辺りに星が落ちた。
「こんのやろぉぉぉ!囮使うたぁいい度胸じゃねぇかぁぁ!!」
体勢を立て直した鉄のかたまりの上で、少女が吼える。
今度は目の前で花火が上がった。花火は一気に電柱のトランス辺りの高さまで打ち上がると、一回転してマシンの腰に一撃を浴びせた。大きくのたうって蛇のおもちゃの様な尾が千切れる。巨大な破片がアスファルトに叩きつけられ、辺りに騒音と震動を撒き散らした。
(遅いんだよ、来るのが。)
「済まない。また明日と言っておきながら、今週は宿題が山のように出ていてな…。」
銀のスカーフが夜風にひとつ、たなびいた。
新の目に、三枝充斉の背中が眩しく映った。