大学生とピザパーティー1
新城新は今まさに格闘の最中にあった。
講義中の睡魔とである。
昨晩はどうにも眠れなかったようで、朝からすこぶる眠い。昼を控えた2限の講義は前後に広い大教室なのに、これまた声の小さいおじいちゃん先生が担当している。聞こえもしない講義で起きていられるか、と見るか、聞こえもしない後ろの席で内職しやがって、と見るかは立場の違いによろう。新にいたっては内職どころかノートすら開いていない。半分眠った頭でぐるぐると悩んでいた。
(誰かに似てる気がするんだけどなあ。)
昨晩の銀緑マスクを思い浮かべる。前の席から白紙のプリントが回されてきた。机の上に唯一置いてあったボールペンを手に取る。
(しかし妙な話だよな。仲間同士で面識が無いなんて。)
新は白紙のプリントに三角形を引いた。てっぺんに「ミ(中・液)」、左下に「銀緑」、右下に「どピンク」と書き込む。「ミ」は充斉の事だった。新は「充斉」と書くことを知らない。「三枝充斉」だから「三」でも「ミ」でもあまり問題はない。「(中・液)」は中学生、液体。
(この三者がまったく別の組織だとして、覆面の派閥が2つ。似すぎているし、仲間割れか。)
ミと銀緑の間の辺に「仲間×」とメモする。
(あ、いや、最近コッチに来たとかなんとか言っていたな。前の担当者がやられて新人が来たとか?)
先程の「×」の後に「?」を書き足す。
(それにしてもどピンクが敵、ヴァルルカンとやらだとしたら。)
昨晩のマシンを見る限り、中々の規模の組織なのではないか。あんな大掛かりなクレーン車モドキを製造しているとなると、大手の企業辺りが噛んでいてもおかしくない。
(ま、宇宙人にそういう常識も無いもんかもな。)
うーん、と悩みながらどピンクの脇に「重機メーカ?」と書き足す。そしてどピンクから伸びた二辺にそれぞれ敵対マークとしてクロスする剣の絵を描いた。剣といってもただの十字線だが。
妙な相関図ができた。昨日の今日で分からないことが山積みになった。もはや現実が分からない。これからの人生に不安のカゲが濃くなっただけだ。
「はい、10分。テスト回収します。後ろから回してきて下さい。」
ふいにおじいちゃん先生が呟いた。ナニ。今、テストといったか。そういえば先ほどから筆記具のコリコリという音だけがしていたような気がする。
後ろの席から白紙に書き込みされたプリントの束が回されてきた。え、え、テスト?テストだったんこの紙?悩んでいるうちに前の席の学生が振り返った。あわてて紙の束を渡す。ぼんやりとプリント束が流れていくのを見送る。しまった、テストだったとは。 机の上にボールペンだけが残っている。
「あっ。」
昼のチャイムと共にガタガタと学生たちが席を立つ。プリント束は教授がさっさと茶封筒に回収してしまった。やべ、さっきの紙、提出しちまった…。
「ま、いいか。」
新はテキトーな性格をしている。どうせ名前も書いていない。さっさと諦めて学食へと向かうことにした。
学食もカフェテリアも混雑が過ぎる。仕方なしに比較的空いていた購買でカップ麺を買って、近くのベンチ…ではなく人通りの少ない学生会館裏手に向かった。裏手にはレンガ敷きの遊歩道があるが人影はまばらだ。主に周辺に学生会館以外の施設が無いためだ。ボイラ室か何かの点検扉前に三段ばかりの階段があり、新はよくここでダラダラとしている。遊歩道の葉擦れのざわめきの中、陽当たりもよく居心地がよい。
先程会計の際に財布の中身を覗いたが、とても携帯を新調する気になれなかった。生活は楽ではない。実家からの仕送りは家賃と光熱費でほとんど消えてしまうため、バイト代で学費を工面している新にとって携帯は嗜好品に他ならない。肝心の実家との連絡手段が無くなったのは痛恨ではある。が、本当に困ったら大学やバイト先の電話なり公衆電話なりもあるし、何とかなるような気がしている。あー、ラーメンうめぇ。
「ジョーシン!ジョーシン!」
パタパタと駆けてくる足音が聞こえる。あ、うるさいのが来た。
「ジョーシン、何でメール返してくれやんのさ!」
「うん。」
「うん、じゃなくって!」
遊歩道をダッシュしてきた人物。先程から俺のことを「ジョーシン」と呼ぶコイツは原平等という。学科が同じで誰にでも気安く絡むお節介なタイプの人間だ。 「平等」とはよく名付けたものだ。基本的にまったりと一人静かに暮らしたい俺にとっては、たまにシンドい。
「ピザパの連絡、返してくれてやんやん。ジョーシンとリューマだけなんやで後。」
目の前の左右非対称のおかっぱ頭は、趣味なのかよく幹事をやっている。言うまでもないがピザパ=ピザパーティーだ。どうやら知らない間に学科の行事のようなものの連絡が回っていたらしい。
「ケータイ壊れてるんだよ。」
「嘘やん。一週間前やで送ったん。」
「あ、それなら単に読んでなかった。」
或いは読み捨てて忘れていた。基本的に行事には参加しない新である。そこまで社交的な人間ではない。そして金も無い。
「んもー、そんなんやで彼女できやんのさなお前は。」
「彼女関係ねーだろ。」
あるあるぅー、と言いながら平等が蛍光グリーンのリュックサックから7インチのタブレットを取り出す。リュックのジッパーが妙にでかい。因みに平等の靴は蛍光イエローのレースアップスニーカーだ。左足の側だけ靴紐と裏地がピンクドット柄…このセンスは俺には真似できない。
「んで、参加すんの、しやんの。」
「しない。」
「たまには顔出してよ。」
「しない。」
「…かたくな!」
悪かったな。
「春菜もくるんやに!?」
「知らん。」
「かたくなっ!」
春菜というのは学科に貴重な美人女子大生というやつである。目の保養には良いが別に話すでもなし、特に興味はない。
「なーにー、もしや知らん間に彼女でも作ったんかお前。抜け駆け!」
「ねーよ。」
そろそろ面倒くさくなってきた。
「いま、メンドイとか思ったやろ。」
「なぜバレたし。」
「当てたから参加な、ジョーシン。」
「ちょ、なんだそれ。」
平等がタブレットに大きな○を書き込む。はいオッケー。ちょーちょーちょー、待てよ。
「そんな金は無い。」
素直に真っ当に告げてみた。
「金は俺が何とかする。どうせそんなかからん。」
即答だった。
「勘弁してくれよ。」
「観念しぃさ。」
いつあるか分からんし、ドタキャンしよう。うん。それでいい。そんなことを思っていたのがバレたのか、平等がニヤリと不敵に笑う。
「今日の17時な。家まで迎えにいくから。」
今日はバイトが…ねぇよ残念ながら。
「まじか。」
「一回くらい出とき。」
葉擦れのざわめきに混じって学生たちの爽やかな笑い声が遠くから聞こえた。季節は春、新緑の5月だった。