世界の在り方と世界での在り方
「そなたの人間界と、ここでは次元が違うのだ。ここは魔界。他に人間界、天界、精霊界、鬼界等が存在し、全て次元が一緒だ。だから移動する術があれば行き来できる。ただ、そなたは全く別の次元の人間だ。おそらくそこは人間界のみで成立している次元だと思われる。」
次元が違う。
そう言われて、自分の中で納得のいく理由を探した。
先程並べられた世界は、全て私たちの世界では物語の中の存在だ。
そこと、私たちの世界の次元が違うならば、ここはそう言った人間が作り出した空想による世界なのかもしれない。
ただ、私はこうして召喚された。
だから、夢物語ではないことはわかる。
実際にこうした世界があるから、その一部に触れた人間が物語にした?
でもそれだと、二つの次元が別々に存在することに疑問が残ってしまう。
難しいことを考え始めてしまい、一時頭を悩ませたが諦めた。
要は別世界に来てしまった。
それだけのこと。
元々いろんなことを割り切って捉える節があるので、それで納得した。
「理解できたか。」
魔王が無表情のまま、だけど少しの心配を含んだ声でそう聞いた。
正直、理解したとは言えないけれど。
「んー、とりあえず全く別世界に来たんだなと言うのはわかりました。それ以上深くは難しそうなのでやめておきます。あと、他にもいろんな世界があるっていうのには興味があります。交流はあるんですか?」
そう問いかけると、魔王は静かに息をついてまた話し始める。
「そうだな…精霊界以外基本的にあまり関わりはない。人間界とは少しあるが…まぁそれはそのうちわかるだろう。精霊界とはいろいろと似通うところがあるので、友好関係が築かれている。今度落ち着けばそなたもいってくるとよい。エルフ族やドワーフ族の営みはなかなか興味深いぞ。」
妖精もいるんだ…と少しわくわくした。
本当に物語の中に入った感覚だ。
今度ぜひ連れて行ってもらおう。
「そういえば、移動する術がと言っていましたが、どういうものなんですか?」
なんとなく乗り物なんかが移動手段だとは思えない。
「転移魔法というものがあってな。それが使えればどこにでも行ける。ただしかなり高度な術のため、使えるものは限られる。特に人間はな。ほとんどいない。この魔界でも半数しか使えないが、まぁ一緒に移動できるのであまり不便でもない。使えないからと言って移動できないというわけではないのだ。」
最後を聞いて安心した。
私はもちろんそんな魔法使えないし、どうやって精霊界に行くんだろうと思っていたのだ。
でも、ということは。
「人間界にも行ってみていいですか?」
私たちの世界ではない人間界。
でも、食べ物やレシピは同じだった。
どんな世界なのか、とても気になる。
魔王はすぐにいい返事をくれると思ったのだが、なかなか口を開いてくれない。
人間界に行くと、何かまずいのだろうか。
「あの、私一人では行けませんし、誰か見張っててくれると思うんです。だから、そのまま人間界に逃げるなんてできないし…ちょっと興味があるだけなんです。どんな世界で、私たちではない人間がどんな人たちなのかって。だから、だめですか?」
なるべく下手に出てお願いしてみる。
ここに来てからというもの、みんな先手先手で優しくしてくれているのでかなり甘えてしまっているが、もしかしたら、いやもしかしなくともわがままばかり聞いてもらっている気がする。
だから今のでだめならちゃんと引きさがろうと思ったし、知るだけなら先ほど話に出ていた料理長さんにいろいろと聞こうと思った。
魔王は少しだけ眉根を寄せて、でもすぐに戻して言った。
「よい。だが、人間界へ行くのはまだ先だ。行った先でいられる時間もわずかだ。それで良いか。」
命令なのに、確認もとる。
「はい。」と答えてにっこり笑った。
優しさには笑顔で返したかった。
魔王は目を逸らして杯を手にし、それを飲み干した。
「あの、他にも聞きたいことがあるんですが。」
「なんだ?」
逸らした視線を戻して言う。
「はい、魔王様のお名前を伺っても?」
そう言った途端、周りがざわついた。
今まで無心に食事をしていた魔物たちが一斉にこちらに向いた。
見れば控えていたマーナまでこちらを凝視している。
何かまずいことでも言ったのだろうか。
「余の名を聞くか…」
ぽつりと静かな声だったが、聞き逃さなかった。
「あの、聞いてはいけませんでしたか…?お互いを知るには、まず名前をと思っただけなのですが…」
なんだか異様な緊張感に、不安で泣きそうになる。
昔読んだファンタジー小説に、「名前を言ってはいけない」という悪の存在が登場するものがあった。
そういう類のものだろうか。
魔王を見つめて様子をうかがっていると、また息をついて魔王は口を開く。
「そうだな、そなたの名は名乗らせたのに、こちらは名乗らないというのはな…。しかし、魔王の名を口にできるのは妃である者だけなのだ。妃となるものは、婚儀の直前にその名を知ることができる。そなたが明日にでも婚儀を上げると申すなら教えられるが…それは嫌であろう。」
そう言われて、この異様な空気に納得がいった。
「魔王の名前を知りたい=結婚したい」と捉えられたのかもしれないし、そもそもこんな大勢の前で聞いていい質問でもなかったのだろう。
でも知らなかったのだから仕方がない。
そういうことなら先に教えてほしかったと少しだけ心の中で非難する。
きっと私が生きる上で必要な衣食住については何の問題もないように整えてくれていた事に、やっぱり甘えているのだ。
これではここでは生きていけない。
そもそも別世界なのだ。
まずは謙虚にこの世界のことを知り、どう在ればいいかを模索しなくてはならない。
自分の意識を改めて、魔王に向き合う。
「知らなかったとはいえ、失礼しました。そういうことなら、今はお聞きしません。来るべき日が来れば、その時にはぜひ。」
「ああ。」
魔王の返事とともに、こちらを見ていた魔物たちの視線が散る。
落胆し肩を落とす者も多く、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
本意ではなくても、期待させてしまった。
だいたい、今の私には1年後にだって結婚する気などさらさらないのだ。
やっぱり、あの場で葬ってもらえば良かったと今更後悔した。
「他に何かあるか?」
居心地の悪さからうつむく私を覗き込むように、魔王は聞いてきた。
本当は、本当の姿のこととか、この世界のことについてもっと聞きたかったのだが、なんだか疲れてしまった。
早くこの場を立ち去りたい。
「いえ…また別の機会に。」
「そうか。」
そう一言告げると、魔王は立ち上がり広間を後にした。
魔物たちはまた食事に戻っている。
取り残されたような気分になり、マーナに振り向く。
「メグミ様もお部屋にお戻りになりますか?お疲れのようですが…。」
目が合うとマーナは気遣ってくれた。
そのことに少し安堵して、頷く。
「かしこまりました。では、こちらへ。」
そう言って来た時と同じように手を取ってくれる。
広間の中央を通り、外に出る。
扉の前にはルイーガとドグルがいた。
「メグミ様、晩餐はいかがでしたかな?」
部屋に戻りながらルイーガが聞いてくる。
「料理はとってもおいしかった。大勢に注目されるのは緊張するけど、話しかけられることもなくて少しホッとしていたの。魔王様の名前を聞いてしまったのは申し訳なかったな…。きっとみんなに期待させてしまったよね。」
疲れもあってうつむくと、3人があわててフォローしてくれた。
「メグミ様のせいではございません!私が事前にお話ししておくべきでした。至らなくて申し訳ございません。」
「そうです、マーナさんだけでなく、この私も確認しておくべきでした。」
「メグミ様のお気持ちは城の者全員が存じておりますゆえ、お気になさることはございませんぞ。今後もし同じようなことがありましても、メグミ様にとってここは異世界。知らなくて当然のことばかりです。我々一同メグミ様のフォローをさえていただきますのでご安心下され。」
3人の優しさに救われる。
今の状態で妃として扱われるのはとても不本意だが、こうして手厚く囲われていなければここでは一人で歩くことさえままならない。
今まで、誰かに守ってもらうような人間ではなかったので戸惑いもあるけれど。
ここにいることを望まれているのなら。
………この状況に身を委ねてもいいのかもしれない。
「…ありがとう。甘えてばかりでごめんなさい。もっとちゃんと、今の状況に向き合うから。」
三人に、というよりは自分に決心させるように言った。
ここに来てから取り乱すことはないが、やはり気持ちが不安定なのだ。
状況をまっすぐ受け止めたかと思えば、いっそ消えてなくなりたいとも思う。
妃という立場や扱いに違和感を覚えるけれど、それを素直に受け入れてしまう自分もいる。
もっと知りたいと願い、そんなことは無駄だと考える。
自分の気持ちが定まらない。
どうしたいのか、どうすればいいのかわからない。
だから、決めた。
自分のためでなく、私を必要としてくれる人のために過ごしてみようと。
私が必要とした人は、離れて行ってしまった。
私を必要としてくれた人は、私がその手を離してしまった。
誰もいなくなってしまったのに。
気づいたら温かい手に守られている。
その手を今度は、無碍に離したりしないように。
ちゃんと向き合って、努力をしよう。
自分が生きるためじゃなく。
彼らが必要とする「私」になれるよう。
にっこりと笑いかけて、3人を連れて部屋へと戻った。