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望んでいないプロポーズ

目の前の光景が信じられなくて、息を呑む。


ゲームやアニメに親しんでいるので、自分を見つめる大勢の観衆が「魔物」と呼ばれる生物であることはすぐに理解ができる。


そして、この薄暗く重たい空気の空間が、「魔界」といわれる世界であることも想像できた。


決して先ほどまでいたはずの、自分の世界ではない。


覚醒しているはずなのに寝起きのようにぼんやりとする頭で、自分がどうしていたかを思い出す。


そう、たしか、泣き疲れてようやく眠りについたはずだ。


この1ヵ月で、私は失意のどん底に突き落とされた。


めまぐるしく過ぎる日々をどうにかやり過ごして、一人部屋に落ち着いたとき、それまで抑えていた感情が爆発した。


寝ることも食べることも拒否して、文字通り三日三晩泣き続けた。


そんな状態に身体がついに耐えきれず、まどろみの中に意識を手放した。


それからまもなく、先ほどの揺れるような感覚に襲われ、気づいたらここにいた。


つまり、これは夢なんだろうか?


やけに現実味があるけれど、こんな仮想空間にいるなんてどう考えてもありえない。


普通に考えれば夢だと考える方が理解できる。


それとも泣きすぎて、つらすぎて、おかしくなってしまったんだろうか。


だからこんな幻覚を見ているのだろうか?


起き上がった体勢のままそんなことを考えていると、中央の主であると思われる「人物」が口を開いた。


「そなた、名はなんという」


低めのよく通る声が耳をくすぐる。


ぼんやりした頭にもきちんと入ってきた。


「めぐみ…坂本めぐみです。」


どこの誰ともわからないのに、本名を伝えるのはどうかと思ったが、どうせこれは夢か幻なのだからと軽く考えて名乗った。


実際、この風景の中逆らうのはためらわれた。


夢でも幻覚でも、怒られて苦しめられるよりは素直に従っておいた方が賢明のはず。


見つめる先の人物は、真っ赤な瞳に白銀の長髪、黒を基調としたタキシードのような服装で、ゆったりと大きめのマントをまとっている。


今まで見たこともないような凛々しくきれいな顔立ちだった。


表情に温かさはなく、むしろ冷酷な物だったが、声色に殺意や悪意は感じられない。


私の知識の範疇で言えば、きっとこの人は「魔王」と呼ばれる存在だ。


この大勢の魔物を従えて、人間(わたしたち)に悪行の限りを尽くす存在のはず。


だが不思議と恐怖心は生まれなかった。


「そうか、メグミ…。そなたは本日、余の妃となるためにここへ来た。ここにいる全ての者がお前を歓迎する。」


淡々と、心地いい声でそう告げられる。


あまりに自然に声が染み込んでくるので、危うく納得しかけたが踏みとどまった。


『余の妃となるために』…?


あまりのことに言葉が出てこない。


夢だとしても、ちょっと突飛過ぎる。


ポカンとしている私をよそに、周りの魔物たちはそれぞれ歓声を上げている。


「魔王様ばんざーい!王妃様ばんざーい!」


「お妃様ようこそ魔界へー!」


「婚姻の儀が楽しみだなぁ!」


さすがに魔物というだけあって、声量が半端ない。


耳どころか頭まで痛みを覚えてこめかみに手を当てる。


ますます混乱してきてしまった。


とりあえず、この状況をきちんと把握しなくては。


「あ…の、すみません」


あまり大きな声は出なかったが、今までわいわい騒いでいた魔物たちがぴたりと静かになった。


「どうした」


魔王様が首を少し傾げる。


魔物たちも習って首を傾げた。


なんだかかわいく思えたが、ほっこりしている場合じゃない。


「あの、私状況がよくわからないんです…。自分の部屋で寝ていたはずなんですが、どうやってここに来たんでしょうか…?」


「どうして」では多分先ほどのセリフを言われてしまうと思ったので、もう少し具体的に聞いてみた。


そのくらいの余裕は取り戻しているらしい。


「そなたが絶望に伏し、意識を手放したところで余が召喚した。」


そう告げられて絶句した。


確かに、絶望の中で眠りについた。


そしてここへとやってきた。


彼はそれを知っている。


しかも自分が召喚したと。


つまり。


「これは…夢じゃない…」


誰に言うでもなく、ぽつりと漏れた声に確信した。


この世界は、今私がおかれた状況は、紛れもなく現実。


本当に、仮想空間だと思っていた魔界に来てしまったのだ。


「混乱も無理はないな。まったく別の世界に、他人の意志で連れてこられれば驚きもする。ただ、そなたはもう元の世界には戻れない。今後、そなたの住処はここで、余の妃となり世界を共に統べるのだ。」


「帰れない」――その言葉にはそれほど不安を感じなかった。


あんな場所に、もう私の居場所なんてない。


いっそこの身を投げてしまいたかったくらいだ。未練などない。


けれど、じゃあすぐに今の状況を受け入れられるかといえばそういうわけにもいかない。


一番の問題は、「妃になる」ということ。


どうして、私なの。


「あの、魔王様、どうして私なのでしょう…?」


赤い瞳を見つめて問う。


魔物に愛があるのかはわからない。


伴侶を選ぶ基準も、人間とは違う気がする。


ここに来るまでは知り合うこともなかったはずの存在。


それなのに、どうして私を選んでくれたのか。


もしも私を認めてのことだったら。


私自身を必要としてくれたのなら――。


そんな期待を裏切るように、魔王は赤い瞳を少し逸らして、業務連絡のように言った。


「タイミングが良かったのだ」と。

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