第5話 『藤原遠流というヤツ』
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「あ〜」
熱い。
とてつもなく熱い。
六月、最近は雨ばかり降っていたのに今日は真夏日の暑さだった。
エアコンのリモコンはどこへやったかな。
うだる暑さの中、ガサガサとリモコンを探していると
「ん?なんだこれ?」
プラスチック製のなにかが手に当たった気がする、そいつをひっぱりだす。
「あ の 野 郎....」
もう二度と見る事はないだろうと思っていたアレを見つけてしまった。
「うぃーす」
軽快な足取りで部屋に入ってきたコイツを、俺は睨みつけた。
「はろー」
「お、おう...なんか...怖い」
遠流の頭に?が乗っかってるのと、俺にビビってるのが感じられる。
たぶんジト目だったんだろう。笑顔のつもりだけど。
「あ、暑いな...宙、ジュースいるk...」
「いらない」
遠流は冷や汗をかいたまま冷蔵庫に向かう。
「なぁ、藤原遠流」
ビクッと身をすくませるのが見て取れる。
ああ、愉しい。
「はい...なんでしょうか?」
ゆっくりと、こっちを向く遠流の額には汗が滲んでいた。そりゃそうだろうなぁ。俺の逆鱗に触れたんだからな。
「こちらの品物は何でしょうか?」
ゆっくりと喋ってあげる、あんまり早口で喋ると何て言ってるのかよくわからないからなぁ。
そうだろう?
「えっと、なにそれ....?」
「ごめん、袋のなかにはいってたら見れないよね」
(目が、怖ぇぇよ...)
にこやかに振る舞う俺、葵はいつもこんな風にマジギレするんだよな、それを俺がそのまんま再現するとは...。
だが今は最高にいい気分だ。
最高にハイってヤツだ。
ごめんな遠流、さすがにこれだけは許せないんだ。
葵の前でこれらをプレイしやがって。
それは3ヶ月のこと。
葵はいつも学校の帰りにここにくる。もちろん遠流はそれを把握しているのだが。その日の彼にとって関係なかったのである。
やつは真っ赤に燃えていた。
年齢制限が掛かるようなゲームソフトを大量に入手したと言っていた。
それがだけなら俺は一向に構わない、しかし。
葵は、外見だけはキレイである遠流に、あろうことか好意を抱いていた。
ちなみにだが俺はショックなんて受けていないぞ。幼なじみのヤツにそんな感情は抱いてない。マジで。
三ヶ月前の、雨の日だった。
雨に濡れた葵が帰ってきた、そこにいたのは俺と准だけだ。
傘を忘れたらしく、びちょびちょだった。
『おかえり、おい、びしょびしょだぞ』
『うん、雨降った』
まるで上の空のような態度でスカートを絞っている。まて、床が濡れるじゃねーか。
『....床が濡れる』
『あ、ごめん』
そんな日だった。
灯油でもつけて暖めさせていた、ぶるぶる震えながらうずくまっている葵。
『悪いな寒くて』
『うん...寒い』
『あー、なんか飲むか?ココア入れてやるよ』
『フフ』
『なんだよ、いらないのか?』
『いや、なんか優しいなって思って』
『...マジで、遠流に...』
『取られちゃうと思った?』
『そんなわけないだろ』
『意外とあっさりね』
『当然だろ』
ココアの粉が入ったカップに、とくとくと熱いお湯を淹れてゆく。
小さな湯気が俺の周りを漂っている。
葵は、タオルで体を包み込み、頭から落ちている濡れたポニーテールをほどいた。
『へぇ、あの子に夢中だもんね』
『...それはやめろ』
こいつは、なにを言っている。
葵が言っているのは、学校の女子生徒のことである。
学校では目立たないが、性格は穏やかで、女性らしい人だった。
なんの脈絡もなかったが、話すようになってから、自然と、惹かれていった。
恋ではない、この感情は、彼女の学者としての才能への、憧れである。
科学者にして考古学にも詳しい、文系少女かと思いきや、運動能力も高い。
人当たりも良い性格だった。
『にやけてる?』
『おいこら』
『冗談だよ』
『やっぱりな、はい』
タオルに包まれた少女にココアを差し出してやる。
震え気味の手。まったく、ほんとに寒いんだな。
『ありがとう、ふー、ふー』
息を吹きかけ、彼女はいまにも飲もうとしている。
駄目だ....まだ笑うな...こらえるんだ...。
クイっと飲む、そして、耳がだんだん赤くなってるのが見えすぎた。
『あ、あ、あ....』
『ププ、く、ハハハハハ!』
────────あっつーーーーーっ!!!────────
ささ、最高にハイってヤツだァァァァーーーーーーーッッ!!!!
作戦は成功した。
『コラーーーー!!』
まったく怖くない、この少女はキレてもなんかかわいいだけだ。
とつとつと、音がする
雨は、まだ止まない、葵がビチョビチョだったということは、こいつ、傘を持ってきていなかったな。
携帯が、ブルッと震える。
『遠流が帰ってくるな』
何時も通りの、鍵を開けてくれ、といった内容のものである。端末にはこの手のメールで埋まっている。だから送信者は基地のメンバーで埋め尽くされている。
遠流は戦利品を手に入れてくる...とかいってたが。
まさか。
『え?遠流くん?』
『ああ』
一抹の不安を覚えた俺をよそに、葵の表情が明るくなる。
声に出したことを後悔する。
果てしなく後悔する。
だからまあ外に出てお前この野郎帰ってくんな持ってくんなとぶん殴ってでも止めたいところだったが。
そんな思考も虚しく、ノックが5回。
基地のメンバーであることを証明するノックだ。
くそう…。
そしてその後は、詳細を語るまでもない。葵の淡い、泡のようなその恋心の序章のようなそれは、失恋した。
R18のパッケージは、そこまでの衝撃を葵と俺に与えたのだ。
いや正直、あいつの性癖は最早人類のものではない。
2
さて、ユニークな基地のメンバー達の紹介はここまでとしよう。
長らくまたせて済まない。
さあ、いよいよ本編開始だ。