最終話 次なる戦い
速い。あまりにも速すぎる。
突如現れたミラエルと三蠱の剣撃の凄まじさに、僕は状況を忘れて思わず見入ってしまっていた。
聖剣の異名を誇るミラエルと、三蠱は真っ向から互角に渡り合っている。あまりの速さに2人の動きを目で追うのが精一杯だ。
ミラエルの嵐のような斬撃を前にしても、三蠱は顔色一つ変えず、刀を操ってミラエルを追い詰めようとしている。
やがて、ミラエルが少しずつ後ろに追いやられていることに気付いた僕は、背筋に冷たいものを感じた。
「ちっ……!」
ミラエルはバックステップを踏んで三蠱から距離を取り、舌打ちしながら左手に持っていた剣を投げ捨てた。
一刀流になったミラエルは剣を中段に構え、三蠱との間合いを図っている。一方の三蠱はそんなミラエルを見て小さく頷いた。
「いい判断。私相手に二刀流を続けるのは愚策。そもそも貴方は一刀流に比べて二刀流の練度が低い」
「黙れ」
「今の貴方では私に勝てない。これ以上の戦闘は無意味」
三蠱は刀を構えながら冷たく言う。ミラエルは反応せず、深く息を吐いて姿勢を低くした。
ぴん、と空気が張り詰めていく。小さな一陣の風が吹き、その風が渦を巻いて白金色のオーラとなり、剣の柄を両手で握るミラエルを取り囲む。
ぞくっ、と僕の全身に鳥肌が立つ。絶技だ。体力と気力を犠牲にして、極限の集中力と身体能力を得る絶技で三蠱を倒そうとしている。
一方の三蠱は僅かに目を細めた後、姿勢を低くして迎撃の構えをとった。まるで地を這うようにして刀を構える三蠱からは、言いようのない圧力が放たれている。
聖帝騎士団の団長と九重塵羅の一角による一騎打ちは、一瞬にして決着がついた。両者が動いた、と思った次の瞬間には、鈍い音、次いで後方に吹っ飛ばされたミラエルの姿があった。
「……そ……そんな……」
僕の口から掠れた声が漏れ出る。
目の前の現実を、一騎打ちでミラエルが負けたという事実を受け入れたくない。そんな気持ちとは裏腹に、僕は2人から目を逸らすことが出来なかった。
「っ……うぅ……」
地面に横たわるミラエルは、折れた剣を片手にくぐもった声を発している。そんなミラエルに、三蠱は凍てつくような冷たい視線を向けていた。そしてその視線が、ゆっくりと僕に移動する。
「貴方も連行するから」
三蠱が僕に近づいてくる。痛みを堪えながら僕が剣を構えた、その時。
「いたぞ! こっちだ!」
「負傷者多数! 急げ!」
「あいつが九重塵羅の1人だ!」
複数の叫び声、同時に複数の足音が聞こえてきた。どんどん近づいてくる声の中には、レインの叫び声も含まれていた。聖帝騎士団の増援だ。
三蠱は声の方向を一瞥すると、小さく息を吐き、僕に伸ばしていた手をすっと引っ込めた。そして駆け足で通路の奥へ移動していく。
「ま、待てっ!」
僕は慌てて叫ぶも、三蠱が応じるはずもない。三蠱が向かった通路の奥には、複数の教団の連中、そしてその内の1人に抱えられているユミナがいる。
信じ難いのは、そのすぐ近くの通路の壁が黒く変色し、さながら闇が蠢めいているように見えることだ。
教団の連中がその闇の中に足を踏み入れていくのが見えた時、蠢く黒い闇が何なのか分かってしまった。恐らくワープゲートのようなものに違いない。
そしてその闇の中に、ユミナが呑まれていく。助けに行きたい。でも痛みと錬成の疲労で体が動かない。
なんとか起きあがろうとしている僕の目の前で、一陣の風とともにミラエルが三蠱に奇襲を仕掛けた。
音もなく、予備動作もない、完全な奇襲のはずだった。しかし三蠱は予知していたかのように、迫ってきたミラエルに完璧なタイミングで回し蹴りを叩き込む。
カウンターを喰らい、もんどりうって地面に倒れ込むミラエルを確認した三蠱は、静かに闇の中に消えていった。増援の隊員たちが辿り着いた頃には、蠢く闇は完全に消え失せ、戦場には冷たい静寂だけが流れていた。
「…………!」
ノルド、レイン、そして大勢の団員は、目の前に広がる惨状に言葉を失っていた。戦闘不能に陥り、地面に横たわる傷だらけの団員たち。そしてその中には、団長のミラエルも含まれている。
敗北。その2文字が、今この場に居合わせる全ての人間の脳内を占有していた。誰も言葉を発さない。重苦しい空気の中、静寂を破ったのはミラエルだった。
「……すまない。全部私のせいだ」
剣を片手に、地面にぺたんと座り込んでいるミラエルは、悲痛な面持ちで言った。その視線は地面に向けられている。
「そ、そんな!」
「ちょっと待ってください、何を言うんですか!」
「ミラエル様が謝る必要はありません!」
堰を切ったように複数の団員が言葉を返す。しかしミラエルは力無く首を横に振るだけだった。
「私は……多くの仲間を死に導いておきながら、六愧を仕留めきれなかった。リューオとユミナの安全を最優先に行動すると言っておきながら、ユミナの連行を防げなかった。三蠱に勝てなかった。全部私のせいだ。私が弱いからこんなことになった。死んでいった仲間たちに顔向けが出来ない。すまない……本当に、申し訳ない……」
ミラエルは段々涙声になっていき、話し終える頃にはしくしくと泣いていた。
傷だらけのミラエルが両手で顔を覆って泣く姿に、誰しもが言葉を失っていた。責任を背負って悲しみに暮れるミラエルを見て、僕の心が強く締め付けられていく。
僕は痛みを堪えて立ち上がり、ミラエルの元へ歩み寄った。そしてミラエルの震える肩にそっと手を置いた。
「ミラエル……」
「うっ……ううっ……」
ミラエルが泣き止む様子はない。なんて声をかければいいだろうか、と考えていたところに飛び込んできたのは、「ちょっと、皆暗すぎですって!」というキュオルの明るい声だった。
「何なんですかこの雰囲気! 葬式やってるのか、ってくらい暗いじゃないですか! たしかに完敗しましたけど、それにしたって暗すぎます! 切り替えて、次どうすればいいかを考えましょうよ!」
三蠱に攻撃され、ダウンしていたはずのキュオルは、今や立ち上がって場違いな程明るい声を発していた。
「ううむ……1秒でも早く切り替えるべき、というキュオルの言葉は尤もじゃ。じゃが……多くの損害を被って目立った戦果はなし、ともなると、のう……」
レインは苦々しい表情で言葉を漏らす。
「たしかに戦果はありませんが、次につながる一手は私が打ちました!」
キュオルはそう言い放つと、右手の人差し指を突き立てた。その指の先に、1センチ四方にも満たない黒い土の塊が出現する。「いいですか?」と言ってキュオルは周囲を見渡した。
「私のスキル『五行』は、1つ1つの能力がそこまで強力ではない代わりに、様々なことが出来ます。そしてこの小さな塊は、発信機の役割を持っています。この塊を対象にくっつければ、その対象がどこに行ったか、追尾出来るというわけです」
「発信機? そんなことが出来るなんて聞いてないぞ」
「当然です、誰にも言ってませんから」
「……」
ノルドに問われたキュオルの、あっけらかんとした物言いに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ弛緩していく。
「そして先程私は、発信機をあの化け物……三蠱の衣服に付着させることに成功しました。つまり、発信機の情報を辿れば、三蠱がどこに行ったかが分かるということです」
キュオルはきっぱりと言い切る。そこに「ちょ、ちょっと待ってください!」と僕は口を挟んだ。キュオルに向けられていた視線が今度は僕に集中する。
「三蠱のスキルは、間合に入った人間のスキルを無効化する、って言ってませんでしたか? 実際僕を含めて、皆スキルが使えなくなってたみたいですし、キュオルもスキルを使えなかったんじゃ……?」
僕の質問を想定していたかのように、キュオルは深く頷いた。
「その通り。たしかに三蠱は私たちのスキルを無効化してた。でも、ほんの一瞬だけ三蠱に隙が生まれた。私はその一瞬を突いてスキルを発動して、発信機をくっつけたんだよ」
「隙……?」
「三蠱がリューオの上に跨ってた、あの時だよ。あの一瞬だけ、三蠱のスキルが発動してなかった」
記憶を巡らせ、僕は「あっ……」と声を漏らした。
たしかにあの瞬間だけ、三蠱の挙動がおかしかった。漆黒の瞳に少しだけ光が宿り、僕の顔を見て漏らした声音は明らかに前までのそれとは違っていた。しかし、その一瞬をキュオルが見逃さず、次に繋がる一手を打っていたなんて……。
《やはりキュオル・マイズロードは遣り手ですね。この前に引き続き一本取られてしまいました》
「うわあっ!?」
押し黙っていた神級スキルが突然喋り出し、驚いた僕は声を出してしまった。何事かと視線を向ける団員たちに謝りつつ、僕は頭の中に意識を集中させる。
(びっくりして声出ちゃったじゃん!)
《申し訳ありません》
(全く……何度話しかけても返答が無くて不安だったんだからね)
《それに関しては不覚としか言いようがありません。あのクソガキのスキルにまんまと押さえ込まれてしまいました。もう2度とこのような失敗は犯しません》
心なしか口調に熱が込もっているように聞こえる。恐らく悔しいのだろう。その後も神級スキルは、僕の頭の中で何度も《あのクソガキを一緒に叩き潰しましょう》、《次に勝つのは私たちです》と言っていた。
そう、悔しい。悔しいのだ。この場に居合わせてる全員が悔しさを抱えてるに違いない。
勿論僕も悔しさを抱えている。先程僕はノルド、ミラエルと戦うことを断られた。僕が弱いから、ミラエルと一緒に戦うことが出来なかった。神級スキルがどうとか、そんなの関係ない。僕は強くならなきゃいけないんだ。
「状況は分かった。次に繋がる一手を打ってくれたキュオルには感謝しかない。本当にありがとう」
ミラエルはゆっくりと立ち上がり、まずはキュオルに、次に団員たちに視線を向けて言った。涙はもう止まっていた。ミラエルは、涙に暮れる敗者としてではなく、強かな騎士団の団長としてそこに佇んでいた。
「私たちは完全に敗北した。この事実を全員で受け止めよう。そして敗北したからこそ、私たちは次なる戦いに身を投じなければならない。それが死んでいった仲間たちへの報いだ」
涙を指で拭いながら、ミラエルは力強く言葉を紡いでいく。
「今すぐ本部に戻り、準備が整い次第すぐに出撃する。キュオルが三蠱に付着させた発信機の情報を辿り、その位置に奇襲を仕掛ける。そして必ずユミナを救出する。いいな?」
はいっ、という声が何十にも連なり、次の瞬間には全ての団員が行動を開始していた。一目散に駆け出していく者、死体の処理を行う者、本部と連絡を取る者。先程までの陰鬱な雰囲気は完全に打ち払われていた。
「リューオ」
声をかけられ、視線を向けた先にはミラエルが佇んでいた。戦闘服は汚れ、傷つき、ミラエル自身も戦闘によって傷を負っている。しかしその目には強靭な光が宿っていた。
「大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないよな、と心の中で思いつつ僕は問いかける。
「大丈夫、ではないな。だがそうも言ってられない。一刻も早くユミナを助けに行く必要があるからな」
「そうですよね。……あの、えっと」
「どうした?」
言いたいことがつっかえてしまった。ミラエルは不思議そうに僕を見つめている。
こんな場所でこんなことを言ったら、変な奴だと思われてしまうだろうか。いや、それでもいい。たとえ変な奴だと思われたとしても、僕はどうしてもここでこの気持ちを伝えたかった。
「あ、あの! 僕、もっと強くなります! 今回の戦いで、今の弱い自分のままじゃ駄目だって思ったんです! 神級スキルを持ってるからオッケー、じゃ駄目で、僕自身がもっと強くならないと駄目なんです! もっと強くなって、そして僕がミラエルを守ります!」
「……?」
僕の言葉の真意を測りかねているのか、ミラエルは少し首を傾げたまま何も言わない。ま、まずい、やっぱり言わないほうがよかったか……?
「ミラエルを守る、ってなんか告白みたいだね。こんな場所で告白とか、やるじゃん、リューオ」
その時口を挟んできたのは、本部に向かったはずのキュオルだった。慌てて反論しようとするも、言われてみるとその通りだとも思え、何も言えなくなってしまった。
さらに、会話を聞いていた数人の団員にもからかわれ、僕はすっかりと赤面してしまった。そんな僕を見て、ふふっ、とミラエルは微笑を浮かべる。
「前にも言ったように、私はリューオのために戦う。私を守りたいと思ってくれるなら、リューオは私のために戦って欲しい。強くなりたいなら、そのサポートもする。リューオが私のために戦ってくれると思うだけで、勇気が湧いてくるんだ」
頬を仄かに赤く染めながら、ミラエルは右手を差し出した。
「また一緒に戦おう。次は私達が反撃する番だ」
差し出された右手をそっと握り返し、僕はミラエルとともに走り出した。
僕たちの戦いは、まだまだこれからだ。
完
ここまでお読みくださりありがとうございます。
長らく更新が止まっていた本作ですが、「プロを目指しているのにエタるのは如何なものか」と思い、なんとか最終話を書き上げた次第です。
本作の執筆を通じて、微かな成長と、沢山の課題を認識することが出来ました。この経験を無駄にせず、プロデビューを実現するために引き続き邁進してまいります。
五月雨前線の次回作にご期待ください。
2026年8月27日 五月雨前線




