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「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢、放蕩王子の管理を行っていたら、なぜか溺愛されています。~どうやら私の無自覚なコマンドは、彼にとって劇薬だったようです~  作者: ましろゆきな
第三章:黄金の闇と、魂の救済

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第八話: 氷の令嬢の目覚めと、閉ざされた扉

 1. 氷の令嬢の目覚めと、微かなSOS


「……っ、」


 重い瞼を押し上げると、見慣れた天蓋が目に入った。

 薬の後遺症か、頭の奥がひどく鈍く痛み、身体は鉛のように重い。


「お嬢様……! ああ、よかった、お目覚めになられて……!」


 ベッドの傍らで付き添っていた侍女が涙ぐむ声と同時に、バタン、と乱暴に扉が開いた。


「ベアトリス! 気がついたか!」


 血走った目で駆け込んできたのは、おそらくこの二日間、ろくに眠りもせずに事後処理と妹の看病(とフェリクスの監視)に奔走していたであろうアレクセイだった。

 その後ろには、主治医が控えている。


「……お兄様。ご心配をおかけしました。わたくしは、もう大丈夫ですわ」


 掠れた声で告げながら、ベアトリスは自身の内側に意識を向けた。

 薬のせいで麻痺していた感覚が、徐々に正常な輪郭を取り戻していく。それと同時に、彼女のDomとしての本能が、真っ先に「ある喪失感」に気づいて警鐘を鳴らした。


 いつもなら、彼女が少しでも不調を感じれば、どこからともなく『ベア!』と飛んできて、大型犬のようにすり寄ってくるはずの気配がない。

 それどころか、DomとSubを繋ぐ精神のリンクの先にあるフェリクスの存在が、恐ろしいほどに遠く、冷たく、小さく縮こまっていた。


「……フェリクス殿下は、どうなさいましたの?」


 ベアトリスの問いに、アレクセイは苦渋に満ちた顔で視線を逸らした。


「……あの後、殿下の精神は完全に落ちた(ドロップした)。邸に連れ帰ってからも、一切の光と食事を拒絶し、ご自身の客間の隅で……ただ、ひたすらに震えている。……俺のDomとしての声かけにも、全く反応しない」

「……!」

「お前が目覚めるまで、誰もあの部屋に踏み込めなかった。無理に触れようとすれば、自傷しかねないほどの心神耗弱状態だ」


 その言葉を聞いた瞬間、ベアトリスの胸の奥を、刃で抉られるような痛みが襲った。

 リンクの先から微かに伝わってくるのは、絶望。そして、自分自身への激しい嫌悪と恐怖。

『汚い僕を見ないで』という強い拒絶の奥底で、たった一筋、『助けて、ベア』という泣き声にも似たSOSが微かに震えているのを感じ取った。


「……行かなくては」


 ベアトリスは、重い布団を跳ね除けた。

 主治医が慌てて制止に入る。


「いけません、ベアトリス様! 薬の成分がまだ抜けきっておらず、貴女のお身体は絶対安静――」

「退きなさい」


 低く、しかし絶対的なDomの威圧を含んだ声に、主治医も侍女もビクンと肩を震わせて道を譲る。

 ベアトリスは、まだ力が入らない足で床に立ち、ふらつきながらもアレクセイを見据えた。


「わたくしのSubが、暗闇で一人、泣いていますの。……寝ている場合ではありませんわ」

「ベアトリス……」

「お兄様。殿下の部屋へ」


 アレクセイは小さく息を吐き、無言で頷くと、妹の腕を支えた。


 2.閉ざされた扉と、震える背中


 フェリクスに与えられた客間の前は、重苦しい静寂に包まれていた。

 ベアトリスはアレクセイの支えから離れ、一人でその扉の前に立つ。


 コン、コン。

「……殿下。入りますわよ」


 ノックをしても、中からは何の応答もない。

 ベアトリスは躊躇うことなく、ノブを回して扉を開けた。


 部屋の中は、昼間だというのに厚い遮光カーテンが固く閉ざされ、冷たい闇に沈んでいた。

 そして、部屋の一番奥の隅。

 そこには、まるで世界から身を隠すように膝を抱え、小さくうずくまっているフェリクスの姿があった。

 その姿は、かつて彼女が「暗闇から救い出した日の彼」を、痛いほどに彷彿とさせた。


 ベアトリスが一歩、部屋に足を踏み入れる。


「……っ!!」


 人の気配を感じ取ったフェリクスが、ビクッと大きく肩を跳ねさせ、顔を上げた。

 暗闇に光る黄金の瞳は、焦点が合っておらず、ひどく怯えきっている。

 彼はベアトリスを「最愛のDom」として認識できていない様子で、まるで恐ろしい化け物から逃れるように、壁際へとさらに身を縮め、ガタガタと激しく震え出した。


「こ、ないで……。ちが、僕は……き、たない、から……っ」


 かすれ切った声で紡がれる、哀れな拒絶。


 ベアトリスは、その痛ましい姿から絶対に目を逸らさなかった。

 彼女の氷の瞳に宿っているのは、同情でも、悲しみでもない。

 自分の半身を必ずこの泥沼から引きずり上げるという、Domとしての強烈な『愛と責任』の炎だった。


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