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「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢、放蕩王子の管理を行っていたら、なぜか溺愛されています。~どうやら私の無自覚なコマンドは、彼にとって劇薬だったようです~  作者: ましろゆきな
第三章:黄金の闇と、魂の救済

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第七話:仕組まれた分断と、奈落への反転

 1.日常の亀裂と、仕組まれた分断


 婚約パーティー後の数日。


「へへへ――」


 フェリクスはブルーダイヤモンドが煌めく首輪チョーカーを事あるごとに触れた。


(ベアトリス、僕のDomなんだ)


 ヒヤリとした宝石から微かに愛しいひとの気配が感じられる気がした。

 自分の人生に誰かに「所有」される喜びを感じられる日が来るなんて想像していなかった。

「朝から気味の悪い笑い声を出すな。不審者か」


 呆れたような声が響き、フェリクスは振り返った。

 腕を組んで眉間を揉んでいるのは、義兄(予定)のアレクセイだ。


「ひどいなぁ、お義兄さん。愛するご主人様(婚約者)からのプレゼントを愛でていたんだよ。羨ましい?」

「……本気で一度叩き斬ってやろうか」


 いつもの他愛のない、そして少し物騒な朝のやり取り。

 しかし、その平穏を破るように、公爵邸の執事が慌ただしい足音で広間に入ってきた。


「申し上げます! 王宮より急使が参りました。フェリクス殿下に、至急登城せよとの王命です!」

「僕に? ベアの管理下にある僕を呼び戻すなんて、余程のことだね。理由は?」

「それが……第一王子殿下の『不祥事』に関する、緊急の証言聴取とのことです」


 その言葉を聞いた瞬間、フェリクスから「ヘラヘラとした大型犬」の空気がフッと消え失せた。

 代わりに現れたのは、絶対零度の冷たさを持つ『暗殺者』の瞳だった。


「……なるほど。あの馬鹿兄貴、また何かやらかしたのか」

「殿下、罠の可能性は」

「わからない。でも、王命となれば無視はできないよ。……アレクセイ義兄さん」


 フェリクスは首輪に触れていた手を離し、アレクセイをまっすぐに見据えた。


「僕が戻るまで、ベアの傍を離れないで。……嫌な予感がするんだ」

「言われるまでもない。俺の妹だぞ」


 その力強い返事にわずかに安堵し、フェリクスは王宮からの迎えの馬車へと乗り込んでいった。


 それとすれ違うようにして、公爵邸の門を猛スピードでくぐり抜けてきた一台の馬車があった。

 扉を乱暴に開け、ドレスの裾を翻して駆け込んできたのは――血相を変えたロッティだった。


「アレクセイ様!! 大変ですわ!!」


 いつもは優雅に扇子を揺らす彼女が、息を切らし、髪を乱している。

 ただ事ではないその様子に、アレクセイのDomとしての警戒心が跳ね上がった。


「シャルロット嬢!? 一体どうした!」

「ミミ・コルベールと第二王子の派閥が、裏で動きました! 質の悪い傭兵崩れを大量に雇い入れ、さらに……『Subを強制的にドロップ(崩壊)させる禁忌の薬』を手に入れたという情報が!!」

「なっ……!?」


 アレクセイの顔色が変わる。


「彼らの狙いはフェリクス殿下ではありません! 殿下を孤立させ、精神的に破壊するための……『最も効果的な人質ターゲット』です!」


 ロッティの叫びが広間に響き渡る。

 アレクセイは弾かれたように窓の外、フェリクスを乗せた馬車が消えた王宮への道を見た。


「まさか……さっきの王宮からの呼び出しは、殿下をこの家から引き離すための……っ!」


 二人の顔に、同時に血の気が引いた。


「ベアトリスは!? 今どこにいる!!」

「お嬢様なら、先ほど『学園の図書室で調べ物がある』と、馬車で出立なさいましたが……」


 執事の震える報告に、アレクセイは舌打ちをし、剣の柄を強く握りしめた。


「罠だ……! 騎士団を出せ! 直ちにベアトリスを追うぞ!!」


 ――しかし、強固な要塞が動き出した時には、すでに「黄金の闇」への扉は開かれてしまっていたのだ。


 2. 沈黙の令嬢と、堕ちゆく死神


 薄暗い廃教会の地下室。

 ベアトリスは拘束された椅子の上で、ひっそりと息を呑んだ。


「さあ、この『意識混濁薬』で、貴女のその生意気な氷の顔をドロドロに溶かして差し上げますわ!」


 ミミが無理やり押し当ててきた布から、甘ったるくも刺激的な匂いが鼻腔を突く。

 とっさに息を止めたものの、遅かった。

 全身の筋肉が急速に痺れ、指先から感覚が奪われていく。声帯が麻痺し、もはや微かな吐息すら紡ぐことができない。


(……身体が、動かない。声も……)


 しかし、意識だけは恐ろしいほどに冴え渡っていた。

 ミミが勝利を確信した醜悪な笑みを浮かべた、まさにその時。


 ――ドォォォンッ!!


 分厚い地下室の鉄扉が、爆発したように吹き飛んだ。

 もうもうと舞い上がる土埃の向こうから、一人の男がゆっくりと姿を現す。


「……あはは。見つけたよ、ゴミ屑ども」


 金糸の髪。アイスブルーのチョーカー。

 そこに立っていたのは間違いなくフェリクスだったが、纏う空気は完全に「異質」だった。

 返り血で真っ赤に染まった頬。黄金の瞳からは一切の光が消え去り、そこにあるのは純粋で暴力的な「殺意」だけだ。


「ひっ……!? で、殿下!?」

「僕のベアに触れたね。……生かして返すわけないだろ」


 フェリクスは瞬きする間にミミの背後に回り込み、護衛の傭兵たちを文字通り「解体」していく。

 悲鳴と血しぶきが舞う凄惨な光景。


(……ああ。なんて……)


 ベアトリスは、その血塗られた死神から目を逸らさなかった。

 恐怖など微塵もない。ただ、彼がこれ以上罪を重ね、彼自身の心を壊していくのが痛ましかった。

『よくやったわ』『もう大丈夫よ』。

 そう声をかけて、血に塗れたその手を抱きしめてやりたいのに、薬のせいで唇は微かに震えることしかできない。


(お願い、フェリクス。もうやめて。こちらを見て……!)


 祈るようなベアトリスの視線の先で、フェリクスがミミに致命の一撃を振り下ろそうとした、その瞬間。


「――『Drop(剣を捨てろ)』!! そして『Knee(跪け)』!!」


 追いついたアレクセイの咆哮が、地下室に轟いた。

 それは、暴走するSubの本能を物理的に叩き潰す、高位Domの絶対的なコマンド。


「……ッ!!」


 狂乱状態にあったフェリクスの体が、ビクリと大きく跳ねる。

 彼自身の意志とは無関係に指の力が抜け、短剣がカランと冷たい音を立てて転がった。

 次の瞬間、目に見えない巨大な手に上から押さえつけられたように、フェリクスは激しい音を立てて両膝を突いた。


 ――静寂が落ちる。


 荒い息を吐きながら、フェリクスの視線は自然と、床についた自分の両手へと落ちた。

 そこには、どす黒く濡れた他人の血が、べっとりとこびりついている。


(……あ、れ?)


 自分がたった今、何をしていたのか。

 凄惨な記憶がフラッシュバックし、フェリクスは弾かれたように顔を上げた。


 視線の先には、椅子に縛り付けられた最愛のベアトリスがいる。

 彼女は声一つ出さず、表情を一切変えず、ただ氷のように冷たい(ように見える)瞳で、血まみれの自分を真っ直ぐに見つめていた。


(……見られた)


 王家の暗部。人殺しの化け物。汚らわしいゴミ屑。

 隠し通したかった自分のすべてが、太陽のように眩しい彼女の目に晒されてしまった。


(嫌だ……! ベア、そんな目で見ないで……! 違うんだ、僕はただ……っ!)


 本当は「愛している」と告げている彼女の視線を、フェリクスは「恐怖と絶望による拒絶の沈黙」だと完全に誤解した。


(捨てられる。こんな汚い僕なんて、ベアが愛してくれるはずない……!)


 極限の恐怖と羞恥。自身への激しい嫌悪。

 それらが、アレクセイの強力なコマンドによる負荷と混ざり合い、フェリクスの精神の許容量を完全に超過した。


 ブツン、と。

 彼の脳内で、世界を繋ぎ止めていた細い糸が切れる音がした。


「あ……ベア……ごめっ……」


 焦点の合わなくなった黄金の瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 必死に手を伸ばそうとしたフェリクスだったが、そのまま糸が切れた操り人形のように床に突っ伏した。


「フェリクス……っ!?」


 アレクセイが駆け寄るが、遅かった。

 フェリクスの意識は、深く、暗い奈落の底(Subドロップ)へと完全に沈み込んでいた。

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