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「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢、放蕩王子の管理を行っていたら、なぜか溺愛されています。~どうやら私の無自覚なコマンドは、彼にとって劇薬だったようです~  作者: ましろゆきな
第二章:押しかけ同居とすれ違い

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第六話: 蒼きダイヤモンドの誓約

 1. エレオノーラの粋な計らい


 数日間の「嵐の同居生活」を経て、母エレオノーラが提案したのは、家族とごく親しい者だけを招いた小規模なガーデンパーティーだった。


「せっかくの婚約ですもの。お祝いは早い方がよろしいでしょう?」


 その日も美しく花が咲き乱れる公爵邸の庭園。豪華な夜会のような毒気はなく、そこにあるのは、フェリクスが生まれて初めて経験する「自分を歓迎する人々」の笑顔だった。


 2. サムシング・ブルーの首輪チョーカー


 日が落ち始め、魔法灯の柔らかな光が庭を照らし出す頃。

 ベアトリスは、少し緊張した面持ちのフェリクスを中央へと誘った。


「フェリクス殿下。わたくしから、貴方に差し上げたいものがありますの」


 ベアトリスが取り出した小さなベルベットの箱。そこには、細いプラチナの鎖に、最高級のアイスブルーダイヤモンドをあしらった首輪チョーカーが収められていた。

 それは、ベアトリスの瞳と同じ、透き通るような青。


「……あ……」


 フェリクスが息を呑む。ベアトリスはその鎖を手に取ると、彼の喉元へゆっくりと腕を回した。


「花嫁が青いものを身につけると幸せになれる……『サムシング・ブルー』という言い伝えがあります。わたくしの婚約者である貴方にも、幸せになっていただかなくては」


 至近距離で見つめ合う二人。ベアトリスの指先が、フェリクスのうなじに触れる。


「……貴方はわたくしのものですから。……一生、このわたくしに縛られていなさい」


 カチリ。


 静かな庭園に、小さな、けれど決定的な金属音が響く。

 その瞬間、フェリクスの全身を電流のような安堵感が駆け抜けた。


 王家の暗部として、誰にも頼れず、自分の価値を否定し続けてきた「自由という名の孤独」。それが今、この小さな青い鎖によって、「ベアトリスの所有物」という確固たる居場所に置き換えられたのだ。


 3. 救済の「ご主人様」


 フェリクスは、首に触れる冷たい石の感触を確かめるように指を添えた。

 震える瞳でベアトリスを見上げ、彼は子供のように、けれど深く心酔した男の顔で微笑む。


「……うん。……うん! 嬉しい、嬉しいよベア……!」


 彼はベアトリスの手に自分の頬を寄せ、甘えるように目を細めた。


「離さないでね、ご主人様……! どこへも行かないから。君がこの鎖を引いてくれるなら、僕は地獄までだってついていくよ」


 ◇◇◇


 そんな二人の様子をローゼンバーグ公爵夫妻がそっと見守っていた。


(重い……だが、ローゼンバーグの愛とはそういうものだ)


 公爵は自らの若かりし日を思い出しながら、頷いた。


  「まあ、お似合いですわ」


 うふふと、Subとしての共感を持って夫の横で微笑みながら見守っていた。


 ◇◇◇


 4.戦略的結婚(という名の不器用な求婚)


 ベアトリスがフェリクスに贈り物をするのを遠目に見届けた後、アレクセイとロッティはパーティー会場の喧騒が遠くに聞こえる夜のバルコニーに移動していた。

 二人はバルコニーの欄干に寄り添い、幸せそうな二人を見守っている。


 アレクセイは、フェリクスの首元に輝く「青い首輪チョーカー」を見て、安堵と、少しの寂しさを感じていた。


「……ベアがあれほど穏やかな顔をするようになるとはな。フェリクス殿下は、思っていた以上にベアの『くさび』として有能だったようだ」

「ええ。あの二人の世界は、私たちが入り込めないほどに密接ですわね。……でも、だからこそ、外側からの守りが必要ですわ」


 アレクセイは正面を向いたまま、事務的な口調で切り出す。


「その通りだ。そこで提案なんだが、俺と君が結婚すれば、公爵家の『武力』と侯爵家の『情報網』が完全に統合される。……ベアトリスを一生守り抜くための、最強の要塞が完成すると思わないか?」


 ロッティは一瞬、扇子を動かす手を止めて、俯く。

 彼女からの返答をアレクセイは静かに待った。


「……! 」次の瞬間、ぱぁっと明るい表情となりロッティは両手を合わせうっとりする。


「アレクセイ様、なんて魅力的で合理的な提案なんでしょう……! 私がローゼンバーグの人間になれば、ベアの義姉として堂々と彼女の側で害虫駆除ができますわね!」


「そう、その通りだ」ほっと胸を撫で下ろし、アレクセイはしっかり頷く。


「それに、俺は君のその『ベアトリス第一主義』を高く評価している。……他の有象無象の令嬢を妻にするより、君のほうが一万倍マシだ」


 ロッティは瞳を輝かせ、扇子を閉じると、興奮のあまりアレクセイの手をギュッと握りしめる。


「あら、最高の褒め言葉ですわ、閣下。私も、貴方のその病的なシスコンぶり、信頼できると思っていましたの。……いいですわ、その契約、お受けしましょう!」


「ふふ。それは上々だな」


 二人は満足げに微笑み合い、ガッチリと手を握り合った。


 ――だが、その「握手」が数秒を超えた時。

 夜風が止み、互いの手のひらの熱さが、驚くほどの解像度で伝わってきた。


「「…………」」


(……あ、れ? 私、男性の手をこんなに自分から……?)

(……近い。香水の香りがするほど、顔が……)


 どちらの心臓かわからない音が、静寂の中で大きく跳ねた。


 二人は弾かれたように手を離し、バッと距離を取る。

 アレクセイは口元を覆い、ロッティは扇子を広げて赤くなった頬を隠した。


「ご、ゴホン!! ま、まぁ、そういうことだ。戦略上のメリットは提示した。……是非、健闘いただきたい!」


「え、ええっ! き、きわめて建設的な提案ですので、前向きに検討させていただきますわ!!」


 早口でまくし立て、視線をあちこちに泳がせる二人。


 アレクセイの耳が、月明かりの下で真っ赤に染まっているのを、ロッティは見逃さなかった。


 ◇◇◇


  エピローグ、蠢く闇の予告(The Shadow's Overture)


 夜風が、庭木の葉をザワリと揺らした。

 魔法灯の温かな光が届かない、深い闇の底。そこに、招かれざる客たちの気配があった。


「……おい、見ろ。あのバルコニーだ」


 しわがれた男の声が、闇に溶けるように囁く。

 視線の先、光り輝くバルコニーには、幸せそうに寄り添う二つの影があった。


「あのアイスブルーのドレスを着た女が、ターゲットか?」

「ああ。ローゼンバーグ公爵令嬢、ベアトリス。……噂通りの上玉じゃねぇか」

「へっ。高貴な『Dom』様が、どんな顔で命乞いをするか見ものだな」


 下卑た笑い声が、押し殺したように漏れる。

 彼らはただの盗賊ではない。ある「依頼」を受けた、プロの実行犯たちだ。


「だが、厄介なのが張り付いているぞ。あの金髪の男……フェリクス第二王子だ」

「チッ。腐っても王族か。護衛の数は?」

「公爵家の私兵がうろついているが、王子が傍にいる時は手薄になる。……どうやら、あの『首輪』をもらって舞い上がっているらしい」


 闇の中で、男の目がギラリと光った。


「『あの方』からの依頼は絶対だ。……失敗すれば、俺たちが消される」

「分かってるよ。……王子が離れた瞬間が、勝負だ」


 一人が懐から、鈍く光る短剣を取り出し、弄ぶ。


「さあ、準備はいいか?」

「ああ。いつでもいける」


 遠くのバルコニーで、ベアトリスがふと、夜空を見上げたような気がした。

 まるで、忍び寄る悪意を肌で感じ取ったかのように。


「……お姫様には、少し怖い夢を見てもらおうか」


 風が止む。

 パーティーの音楽が、一瞬、途切れた。


 ――ターゲット補足。作戦、開始。


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