表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三話:悪魔の契約勧誘

 1. 陥落の瞬間


「――Kneel.(跪きなさい。)」


 その一言は、慈悲深い雨のように、乾ききったフェリクスの魂へと降り注いだ。


 王子の意思とは無関係に、両膝が音もなく床を打つ。

 屈辱? いや、違う。

 頭を垂れ、彼女の足元に平伏した瞬間に押し寄せたのは、脳髄が痺れるほどの圧倒的な快楽と安堵だった。


(あ……あぁ、凄い……)


 体中の痛みが消える。焦燥感が溶ける。

 空っぽだった器が、彼女の「命令()」で満たされていく。

 これまで、どんな高名なDomのコマンドも弾いてきた自分の本能が、この見知らぬ令嬢の前では歓喜の声を上げて尻尾を振っている。


 フェリクスは震える息を吐き出し、潤んだ瞳でベアトリスを見上げた。

 月光を背負い、冷徹な瞳で自分を見下ろす彼女は、彼にとって女神そのものだった。


(見つけた。……俺の、運命(Dom)


 その瞬間、フェリクスの本能がカチリと音を立てて切り替わった。

「もう、この人なしじゃ生きていけない」と。


 2. 塩対応 vs 激重ワンコ


「……バイタル安定。瞳孔の収縮も正常値へ戻りましたね」


 ベアトリスは懐中時計を確認し、パチンと閉じた。

 目の前で男が一人、人生観が変わるほどの衝撃を受けているというのに、彼女の態度は「仕事終わりの医者」そのものだった。


緊急処置トリアージは完了です。では、夜も遅いのでわたくしはこれに――」

「待って!!」


 帰ろうと踵を返したベアトリスのドレスの裾が、ガシッと掴まれた。

 見れば、先ほどまで瀕死だったフェリクスが、とろんとした甘い笑顔でしがみついている。


「行かないでよ。……ねえ、もっと」

「これ以上のコマンドは過剰摂取オーバードーズになります。用法用量を守ってください」

「そんなのどうでもいいよ。……ねえ、結婚して?」


 ベアトリスは眉をひそめた。

 Subドロップの影響で脳に障害が出たのだろうか?


「……殿下。先ほど申し上げましたが、わたくしたちは既に婚約しております」

「うん、知ってる。兄上のお下がりとしての『政略結婚』でしょ? 紙切れ一枚の話じゃん」


 フェリクスは立ち上がり、ベアトリスの手を取る。

 その黄金の瞳は、無邪気な子供のようにキラキラと輝いているが――奥底には、決して獲物を逃さない「執着」の闇が渦巻いていた。


 3. 悪魔の勧誘


 フェリクスは、ベアトリスの指先に頬をすり寄せ、うっとりと囁く。


「僕が欲しいのは、そんな薄っぺらいものじゃないんだ」

「では、何を?」

「魂の繋がりだよ」


 彼はにっこりと微笑んだ。

 その笑顔は、どこかの物語に出てくる『願いを叶える代わりに魂を奪う白い獣』のように、無垢で、残酷なほどに魅力的だった。


「ねえベアトリス。()()()()()()、僕の『ご主人様マスター』になってよ!」


(……は?)


 ベアトリスは数秒間フリーズした。

 彼女の認識では「Dom/Sub」は「治療者と患者」。

 しかし、目の前の王子が求めているのは、明らかに「一生飼い殺してくれ」という重すぎる契約だった。


「お断りします。わたくしは公爵令嬢であり、ペットシッターではありません」

「えーっ!? なんで!? 俺、顔もいいし血筋もいいし、君の命令なら『死ね』って言われても喜んで死ぬよ!? こんな優良物件ないよ!?」

「その思考回路が『不良物件』なのです」


 ベアトリスは冷たく手を振りほどこうとするが、フェリクスは離さない。

 こうして、「事務的に管理したい女」と「魂レベルで飼われたい男」の、終わらない攻防が幕を開けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ