第十三話(本編完結):光の帰還と、最強の家族
王宮の大広間は、これ以上ないほどの眩い陽光と、割れんばかりの歓声に包まれていた。
かつて「日陰の存在」として暗殺の業を背負わされていた第二王子は、今、国中から祝福を受ける堂々たる『王太子フェリクス』として、光の当たる玉座の前に立っていた。
豪奢な純白の礼服を身に纏い、漆黒の髪を品よく撫でつけた彼の姿は、息を呑むほどに美しい。しかし、その整った首元には、王族の正装には本来あり得ないはずの『アイスブルーのチョーカー』が、隠されることなく誇らしげに輝いていた。
そして彼と腕を組む未来の王太子妃、ベアトリスの左手首にもまた、脈打つ場所で『イエローダイヤモンドのブレスレット』が呼応するように煌めいている。
「……フェリクス殿下。立派になられましたわね」
「うん。でも、僕の神様はベアだけだよ。……愛してる」
何千という貴族たちの前で、フェリクスは一切の躊躇いなくベアトリスの手に跪き、その甲に恭しく――しかし独占欲たっぷりに口付けを落とした。
その見事な忠誠と溺愛の姿に、広間からは感嘆の溜息が漏れる。
そして、その光り輝く二人を、玉座の陰から腕を組んで見守る影が二つ。
「……全く。公式の場で堂々と『首輪と手錠』を見せつけるとは。頭痛がしてくるな」
「あら、閣下。やきもちですか? わたくしたちも、負けずに見せつけてやればよろしいのではなくて?」
呆れ顔で眉間を揉む近衛騎士団長アレクセイの腕に、情報長官として特例で王宮入りを果たしたシャルロットが、悪戯っぽく自分の腕を絡める。
アレクセイは小さく息を吐きながらも、その腕を振り払うことはなく、愛おしげに彼女の肩を引き寄せた。
最強の要塞は、今日も盤石だった。
◇◇◇
それから数日後。
ローゼンバーグ公爵家のサンルームは、今日も今日とて騒がしい喧騒に包まれていた。
「あーあ。せっかくベアの淹れてくれた美味しい紅茶なのに、向かいにしかめっ面の義兄が座っているせいで台無しだなぁ」
「……貴様、次期国王だろうが関係ない。表へ出ろ。その減らず口ごと叩き斬ってやる」
「やれるものならやってみなよ! 僕、ベアのものだから傷つけたら怒られるのはお義兄さんだよ?」
「フェリクス殿下、アレクセイ様。お茶会での抜刀はマナー違反ですわよ。ふふっ」
テーブル越しに火花を散らすフェリクスとアレクセイ。
それを優雅に扇子で隠しながら楽しそうに笑うシャルロットと、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに微笑むローゼンバーグ公爵夫妻。
(……本当に、賑やかですこと)
ベアトリスは、自分の左手首で輝くイエローダイヤモンドにそっと触れながら、目の前の愛おしい光景を見渡した。
暗闇で凍えていた少年は、今や光の中で生意気に笑い、最強の家族たちに囲まれている。
もう、誰も彼を不当に虐げることはできないし、彼が絶望に沈むこともない。
もし彼が再び迷いそうになった時は、自分がDomとして、何度でもその魂を縛り、導いてやればいいのだから。
「……ベア?」
不意に、フェリクスがアレクセイとの口論を切り上げ、ベアトリスの方を振り返った。
漆黒の髪の隙間から覗く黄金の瞳が、大好きな飼い主に褒めをねだる子犬のように、きらきらと輝いている。
「なんでもありませんわ。……ただ、少しだけ」
ベアトリスは立ち上がると、フェリクスの首元にあるアイスブルーのチョーカーに指を引っかけ、彼を自分の方へと引き寄せた。
驚くフェリクスの唇に、公衆の面前(しかも義兄の目の前)で、ちゅ、と軽いキスを落とす。
「君たちが、私の愛しい家族でよかったと、そう思っていただけですわ」
「――ッ!! ベア、反則!! もう一回!!」
「ベアトリス!! お前、兄の目の前で破廉恥な……! 殿下、貴様そこを離れろ!!」
真っ赤になってベアトリスに抱きつくフェリクスと、ついに剣の柄に手をかけるアレクセイ。
サンルームに、ロッティの明るい笑い声と、平和で温かな春の陽射しが満ちていく。
黄金の闇に囚われていた死神は、氷の令嬢の揺るぎない愛によって、ついに本当の幸せな「日常」を手に入れたのだった。
―― 本編・完 ――




