第十二話:琥珀のグラスと、最強の要塞(The Fortress)
公爵邸のラウンジ。
暖炉の火がパチパチとはぜる静かな部屋で、クリスタルグラスが触れ合う澄んだ音が鳴った。
「……これで、ようやく厄介な害虫駆除が完了したというわけだ。見事な采配だった、シャルロット嬢」
「閣下こそ。王宮の地下牢までエスコートしていただくなんて、最高のデートでしたわ」
上質な琥珀色のブランデーを揺らしながら、アレクセイとロッティはソファに向かい合って座っていた。
数日間にわたる緊張状態と、事後処理の激務を終えた二人の間には、戦友のような心地よい疲労感と、他者には入り込めない深い信頼の空気が流れている。
「それにしても……ミミ男爵令嬢はともかく、あの第一王子。ええと……」
「ジェラール、だ。……まあ、今日からはただの『北の塔の罪人』だがな」
「ああ、そうでしたわね。ジェラール。……もう名前を呼ぶこともないでしょうけれど」
ロッティが扇子で口元を隠し、クスクスと優雅に笑う。
一国の(元)王太子の名前すら「どうでもいい」と切り捨てる彼女の不敵さに、アレクセイは呆れるどころか、ひどく好ましいものを見るように目を細めた。
「君は本当に、肝が据わっているな。……Normalでありながら、下手なDomよりよほど恐ろしい」
「あら。それは最高の褒め言葉として受け取っておきますわ。私の最優先事項は、いつだって愛するベアトリスの平穏ですから」
「奇遇だな。俺もだ」
二人は再びグラスを掲げ、今度は音を立てずに軽く微笑み合った。
共通の目的(妹・親友の溺愛)のために手を組んだはずの二人だが、共に死線を潜り抜け、互いの有能さを目の当たりにした今、その関係性は単なる「ビジネス」の枠を越えようとしている。
「さて……『害虫駆除』という最初の共同事業は、大成功に終わったわけだが」
アレクセイがふと、真剣なトーンに声を落とす。
ブランデーのグラスをテーブルに置き、彼はスッとロッティの正面へと身を乗り出した。
「先日バルコニーで提案した『最強の要塞』の件。……シャルロット嬢、俺との結婚について、前向きな回答を期待してもいいだろうか?」
直球すぎる、しかし彼らしい誠実でロジカルなプロポーズの念押し。
ロッティは一瞬目を瞬かせた後、パタン、と扇子を閉じて膝に置いた。
いつもは余裕たっぷりの彼女の頬が、暖炉の火のせいだけではない熱を帯びて、ほんのりと赤く染まる。
「……ええ。もちろん。ローゼンバーグ公爵家の武力と、我が侯爵家の情報網。これ以上ない、完璧で合理的な『契約』ですもの」
強がって「契約」という言葉を使うロッティの、テーブルの上に置かれた手。
その震える指先を、アレクセイの大きく分厚い手が、ごく自然に、そして優しく包み込んだ。
「……ッ、閣下……?」
「ああ。最高に合理的な契約だ。……だが、俺はもう、それだけじゃ満足できそうにない」
アレクセイの親指が、ロッティの手の甲をゆっくりと撫でる。
Domとしての威圧ではなく、ただ一人の男としての、不器用で真っ直ぐな熱。
「共に戦い、君の強さと美しさを知った。……ベアトリスのためだけじゃない。俺は、君という女性を、生涯かけて守り、愛し抜きたいと思っている」
「…………っ」
戦略も打算もない、ただの極上に甘い愛の告白。
ロッティは完全に言葉を失い、潤んだ瞳でアレクセイを見つめ返すことしかできなかった。
「……返事は、急がない。だが、逃がすつもりもないぞ、ロッティ」
「……ずるいですわ、アレクセイ様。そんな風に言われたら……計算が、狂ってしまいます」
赤い顔を背けようとするロッティの手を、アレクセイはさらに強く、愛おしげに握りしめた。
暖炉の火が、新たに結ばれようとする二人の影を、ひとつの大きな塊として壁に揺らめかせていた。




