始まり
「野球が国技であり、戦争である世界」
勝つことが正義で、
負けることが罪で、
笑うことさえ許されなかった。
それでも――
野球は、本当にそんなものだったのか。
これは、
戦争としての野球を生きてきた男たちが、
もう一度「楽しい」という言葉に辿り着くまでの物語である。
1話
関ヶ原の戦いは、終わらなかった。
幾度も繰り返され、幾度も名を変え、
一九二六年――第八次関ヶ原戦争を最後に、ようやく銃声は止んだ。
国は二つに割れた。
西日本は豊臣、東日本は徳川。
停戦から百年、両陣営は今もなお互いを「敵」と呼び続けている。
ただし、刀や銃で殺し合うことは禁じられた。
代わりに選ばれたのが、『野球』だった。
勝敗は戦果。
失策は罪。
送りバントは美徳で、見逃し三振は怠慢。
日本の野球は、戦争の延長として育った。
毎年秋に行われる日本シリーズは、
東西が唯一、正面からぶつかる公式の「戦場」だ。
そして二〇二五年。
停戦百周年を翌年に控えたこの年、
小さな変化が歪みになった。
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京都カイザーズ室内練習場
「お前ら一列に並べ!」
守備コーチが選手を号令で並ばせる。
「今日のエラーはなんだ!気がたるんどる証拠だ!田辺!なぜ起きた!説明しろ!」
腕にキャプテンマークを付けたベテラン選手――田辺 雄太が一歩前に出る。
「私たちの気の緩みです!」
「そうだ!わかってるならなぜ起こった!?」
「点差が開き油断をしておりました!」
予定調和のように田辺が叫ぶ。
「その余裕を豊臣様に説明できるか!出来ないだろ!叩き直してやる!素手で並べ!」
選手たちは無言で一列縦に並んでいく。
「一人でも失敗したら最初からだ!まずは田辺!」
「はい!お願いします!!」
10mの近距離からフルスイングのノックを素手で受ける。
今日はコーチの機嫌が悪かったのかいつもより強く、的確に体を狙ってきていた。
乾いた音が鳴るたび、指の感覚が一本ずつ消えていく。
・・・・
どれだけ受けただろう。
連帯責任と聞けば、誰もがこれを思い出す。
そういう練習だった。
素手でノックを受ける中、痛みで意識がぼんやりしてくる。
(野球ってなんだろう)
体は反応する、ボールを取る、でも頭はどこか意識が飛んでいる。
ふいに小さい頃の記憶が浮かんだ。
父親が投げるボールを、素手で受けていた。
(あの時俺は笑顔だったな)
上手に捕れた俺に対して父親の笑顔を思いながら…俺は気を失った。
・
・
・
「俺も歳か」
目を覚ますと医務室…ですらなくグラウンドだった。
既にコーチの姿はなくチームメイトが自分と同じように横たわっている。
(若いころは気を失わず気迫で乗り切れたのにな)
物思いにふけりつつバケツに水を汲み周りを起こす準備を始めた。
5人ほど起こしたところでマネージャーから声をかけられた。
「田辺ちょっと監督室にこい」
「はい!」
(監督に呼び出されるのは珍しいな)
二軍落ちか、それとも懲罰か…気絶したのがまずかったか。
呼ばれた理由を考えながらノックする。
「入れ」
「失礼します!」
深く頭を下げ部屋に入る。
「座れ」
「ありがとうございます!」
葉巻を咥えながら椅子に座った監督に再度頭を下げ、椅子に座り監督の言葉を待つ。
「単刀直入に言うと俺とフロントはお前を次期監督として考えている」
「え、あ、ありがとうございます!」
急に言われた事に驚き少し言葉が詰まってしまった。
「でだ、来年停戦100周年ということもあり、西日本政府より各球団の次期監督候補をMLBへ視察に出すよう要請があった」
「MLB…ですか」
MLB聞いたことはある、でも見たことはない。
日本の国技である『野球』の基礎となった球技『ベースボール』。
ルールは似ているが、速い球を投げ、強く振るだけの競技。
日本ではそう教えられてきた。
そこに細かい作戦や思想は無く、雑で粗暴な似て非なる物として聞いている。
その為西日本、いや東日本政府もMLBの映像は一切禁止とされている。
「MLBへの視察なんて意味はあるんでしょうか」
「野蛮な野球もどきなんざなんの参考にもならんだろう。ただ政府として100周年に向けた活動として国民へのアピールは必要だからな」
「なるほど」
「監督としての箔をつける為だ。気楽に行け、むしろ日本の『野球』を教えてやれ」
「わかりました!」
「出発は今年のオフ、年内いっぱいを計画しているらしいから準備しとけ」
「はっ!」
返事をし、頭を下げ退室する。
(次期監督候補…MLB…か)
急に言われた事をまだ呑み込めず、廊下を歩き寮室へ向かった。




