血液型とストーカー
☆初88 位 [日間]現実世界〔恋愛〕作者としましては現実世界・恋愛は誰もが書けるジャンルで且つその分激戦区でランクインは難しいと夢見ておりました。それゆえ普通は一位や少なくとも一桁の作家さんが記述するぐらいという認識でしたが、恥ずかしながら喜ばせて下さい。
今、ぼくは妻と喧嘩している。
妻とは結婚して三年目、子供が生まれている。もう三歳になった。喧嘩の原因はこの子供にある。
「どうして剛の血液型がOなんだよ! 俺たちではO型は生まれないだろ」
「知らないわよ達也! 剛は私たちの子供なんだから血液型なんて関係ないじゃない!」
僕はAO型、妻はAB型である。子供は必然的にAかABかBに限られるとぼくは考えていた。妻も同じ知識で、遺伝の授業でもそんな感じだった筈だ。なのに子供の剛がO型だったからモメているのだ。たまたま血液型を調べようという事で献血に参加した時に調べて貰った。
口論は激しさを増し、とうとう離婚話にまで発展した。
「そんなに私が信じられないのだったら離婚したら?」
「なにおう、恵、他の男の子供を産んでおきながら開き直りやがって!」
そして離婚が成立した。裁判もやらず、役所に離婚届を出すだけという簡単な結果であった。そして互いに家を出た。ローンで購入した家だったので、不動産会社に売却するようにお願いした。土地代が安く、買取コースもあったみたいなので現金にして妻と分け合った。
慰謝料を決める際には揉めるだろうとお互いに無しで決着した。ぼくが余りにも激しく妻が怒るものだから譲歩したのだ。共有財産も殆どなかったので、車は僕が引き取り、浮気という妻は何もなしで自転車ぐらい、ということになった。冷蔵庫やTVなどの電化製品は引き取ってもらい、食器などは捨てた。
「くそっ! 浮気してたくせに。他人の子供を育てるように仕組みやがって」
「自分たちの子供だっていうのに、どうして信じてくれないのかな。信じられない」
結婚してからは三年目だが、高校三年生時代に妻がぼくに告白して八年近く一緒に居た。ずっと彼女には優しく接してきて、問題が起きれば頼れる夫になれるよう努力し続けてきた。楽しい日々だった。それゆえ、やはり家を出る時は寂しさを感じた。息子の剛は、恵が引き取っていった。ぼくからは養育費を毎月支払う事を弁護士を介した公正証書に記載して互いに保管した。
両親や祝儀をくれた親戚や友人らへの報告など、色々と手続きが多かったが、ようやく終わった。
ぼくはマンションに引っ越した。階の隅の部屋だった。これからは独身貴族、仕事を頑張り、新しい恋人と出逢って幸せな結婚をするぜ! と意気込んでいた。
しかし、引越してから一週間後、異変が始まった。ぼくの部屋を覗く女がいる。ストーカーみたいだった。女の顔は青白く、髪は乱れていたが薄っすらと元妻の雰囲気をまとっていた。
「まさか元妻がストーカーになるとはな……いや別人か、雰囲気は似ていても、痩せて頬がこけているし」
窓のカーテンの隙間から顔を覗かせる女の顔。目が合うとさっと横に逸れる為、顔をしっかりとは把握できていなかった。最初は夜の八時ぐらいに視線を感じて顔を向けたら目が合った、それから、夜の十時ぐらいまで顔を見るようになった。
特にぼくの部屋の中を覗く以外のアクションはなく、玄関での待ち伏せはないし、後をつけられたりもなかった。部屋に勝手に侵入され何かを盗まれるような金銭的な実害もなかった。
毎日、部屋にその時間帯に居ると一度は顔を見かけた。何か言いたいことがあるのかと窓に走ってカーテンを開けてみると、もう女はいなかった。
カーテンに身を隠して至近距離から顔を見ようとすると、その女は覗きに来なかった。
・・・・・・・・・・
「よお達也、しけた面してるな」
「ああ、ちょっとな」
声を掛けてきたのは会社の同僚で名を卓也という。彼にストーカー女の件を相談してみた。
「そうだなぁ、企業イベントや新卒対応の際に女の子を引っかけたのか? その子がストーキングしてるとしか思えないがな、女性との接点なんて他に無いんだろ?」
「ないなぁ。あとはコンビニやスーパーのレジの女の子ぐらいかな。離婚絡みでも接点は無かったな」
「元ツマさんがストーカーになっているというのは、どうだい?」
「彼女はプライドが高いし、そこまでぼくに執着はしないと思う」
「元ツマさんの友達が代わりに嫌がらせしてきてるという可能性は?」
「そこまで社会人の友人がするかなぁ……暇人じゃあるまいし」
それじゃ埒が明かないという事で、警察に通報する前に、卓也たち同僚が3人で外から見張って、女がいたら声を掛けて理由を問いただし、今後もするようなら警察に捕まえて貰うと説得する試みを考えた。
作戦を練って週末の夜。ぼくは同僚三人と一緒に帰宅した。彼らは初めて僕の家に来る。
卓也
「ちょっと待て、達也の部屋って何階だ?」
「ん、四階だが何か?」
「四階のお前の部屋を覗いているのか、その女は?」
「ああ……そうだけど」
卓也
「もう一度聞くが、四階に……? 一階じゃなかったのか」
同僚A
「四階だと……この時点で分かりそうなものだが……」
同僚B
「覗くために登るのか? 四階に……」
一応、疑問に思った卓也たち三人は達也のマンションの外で張り込んだ。八時から十時まで張り込む予定だ。達也は部屋で待機しておき、ストーカー女が部屋を覗いたらスマホで卓也たちに連絡するという手はずになった。
達也
「おい、今覗いているぞ」
達也からの連絡が着た。卓也たちは外から何もないことを確認し、その旨を達也に伝えた。
卓也
「外には誰もいないぞ。窓には誰も張り付いていない」
同僚A
「女は外にはいない。達也の錯覚じゃないか、よく見直せ」
達也は疑問だった。目の前の窓には女の顔があり、横目で神の毛すら分かるからだ。カーテンの隙間からしっかりと部屋の中を覗いている。その女へ目を向けると、さっと視線を避ける。
達也
「こっちでは女が覗いている。横目で見ているが現在進行形だ。外にはいないんだろ? どうなってるんだ」
卓也は残酷な結論を達也に宣言しなければならない。損な役回りだと思った。
卓也
「……女のストーカーはいない。達也、お前の目の錯覚だ。間違いない。そもそも一階の部屋ならまだしも、女が四階の部屋に登って、毎日覗くのか? という疑問に立ち帰らねばならないだろ」
達也
「そ、そんな……」
卓也
「まず離婚のストレスで、お前の認識能力に危うさが出ているという事だ。上司に『離婚騒動で疲れましたー』と言って有給取れ。正常な判断力が無ければ仕事でミスして取り返しがつかないことをやらかすぞ、きっと」
達也
「……」
卓也
「よし、同僚Bはここで外側を監視、同僚Aと俺は、達也の部屋に乗り込むぞ!」
同僚A
「動画を撮りながら行こう」
同僚B
「監視やっておきます」
達也
「あ、居なくなった」
【卓也ら解散後】
ショックを受けた達也は、いつの間にか戻ってきた窓から覗いている女に向かって、真正面から視線を飛ばした。女はさっと顔をゆがめて横を向いた。やはり人間の女だ。おかしい。何かが可笑しい。横顔が恵にそっくりだったのだ。
ちなみに撮影した映像には、期待もむなしく何も映ってはいなかった。
・・・・・・・・・・
そんな日々を過ごしながら、待ちに待った裁判所に依頼していた親子DNA鑑定の許可が下りた。許可証を持って指定医療機関へ行き、剛のDNA鑑定を行う。あらかじめ恵から剛の髪の毛や爪などの検体を提供されていたので、数日で結果が出た。
……結果は『父親との親子関係100%』であった。
血液型は、達也AOと恵ABOであり、息子の剛のO型は普通にあり得るという事だった。
「な、なんだと……」
達也は自分の無知さ加減に打ちひしがれた、開いた傷から漏れる記憶が胸を締め付ける。妻を信じ切るべきだった。本当にバカだった。
早速、恵に謝るために連絡を取ろうとした。しかしスマホは繋がらなかった。別れた亭主の連絡先をブロックするなど当然だと思う。ならば実家まで直接行くしかない。愛車を飛ばした。
高校三年生からの八年、謝り方も相当真剣にしなければならない。自分が一方的に悪いと考えた達也は、許されるまで庭で土下座をする覚悟であった。恵の親御さんから罵られるのも当然と思う。もしかしたら許されないかもしれない。それも仕方がない。
懐かしい風景が流れてきた。夕日が迫って来ていた。高校時代に住んでいた街並み、恵と一緒に歩いた桜の並木道、初デートのショッピングモール、映画館など変わっていない施設も多かった。
夜の帳がおり、恵の実家に着いた達也は、車を近くのパーキングエリアに停めて呼び鈴を鳴らした。すると、ゆっくりと玄関のドアが開き、義母さんが暗い顔をして出てきた。
「ご無沙汰しています達也です。恵は在宅でしょうか?」
「帰れ! 帰ってくれ! ここには二度と来ないでくれ!」
「そ、そんな……お義母さん」
恵はいなかった。いや実家にではなく、この世に居なかった。ぼく達が離婚して時を経ずしてストレスからの心不全を起こしたとのことだった。剛だけが残ったので実家が世話をしていた。
「恵が亡くなっている……そ、そんな……剛は……」
「あんたのような無知なのに知ったかぶって周りを不幸にする男には剛を預けられん!」
言われて当然だった。今後も剛は恵の実家で預かる事となった。
「ああ……ぼくは、ぼくは……最後の言葉で恵に対して何を言ったのか……。一方的に非難するばかりで……間違っていたのは、ぼくの方なのに」
口は動くが声にならなかった。
瞼に最後に別れる時の恵の顔が浮かぶ。彼女は目をはらして泣いていた、労わりもせずに一瞥して背を向けたのが最後だった。恵は何か言っていたが、ぼくは覚えていなかった。これほど後悔するとは……! それが恵と僕との最後だったなんて……。
恵の実家では焼香も断られ、その場で追い返された。
それからのぼくは屍になったかのようで、自宅マンションまでどうやって車で帰ったのかすら記憶になく、オートマチックで動くアンティークなオートマタのようだった。
それ以来、ぼくの部屋にはストーカー女は出て来なくなった。思うに、恵が亡くなったことを知らせる為、そして剛を託すためだったんだろうと思う。または乱れたぼくの私生活が心配だったのかもしれない。
ぼくは益々反省の日々を送ることとなった。遊びはきっぱりと止めた。給料の大半は剛の養育費として恵の実家へ送金した。
しかし、ストーカー女が何を思ったのか覗きに来なかった部屋なのに、時々、恵らしき姿が鏡を通して覗きに来はじめた。風呂場とか洗面所とか鏡のある所だ。それは数週間に一度だったりしたが、いまだに継続して来ている。
ただ、少し女の顔つきが変わっていた。微笑みを湛えるようになったのだ。やせ細った頬もふっくらしてきて、まるで恵そのものだった。
だから、ぼくは寂しくなかった。
彼女と目が合うと、ぼくは「また天国でやり直そうな」……と誓っていた。