俺は抱いてない!でも多分、あいつは抱かれた!
男が三人集まれば、話題はだいたい決まっている。
仕事の愚痴、女の話、あとはどうでもいい下ネタ。
舞台は、どこにでもある焼き鳥屋。
会話の始まりは、ちょっとした武勇伝のつもりだった。
――「あの子、抱いたかもしれない」
しかし、それがとんでもない誤解の連鎖とすれ違いを生み、
気づけば三人は、自分が何をしたのかも、されてないのかも、わからなくなっていく。
抱いたのか? 抱かれてないのか?
あいつが? いや、俺か? それとも全員勘違いか?
もはや誰が“勝者”かなんて、どうでもいい。
ただ一つ言えることは――
「これは“抱いてない”戦争である」
バカバカしさ全開、会話で繰り広げる男たちの珍騒動。
どうぞ、焼き鳥とビールを片手に、お楽しみください。
金曜20時、池袋の焼き鳥屋「とりたに」で、三人の男たちは乾杯を交わした。
「男ってのはな、やっぱ“焼く肉より刺す串”なんだよ!」
誰も意味をわからぬまま、マコトの乾杯音頭が始まる。
「で? 結局ユウスケ、あの子どうだったの?」
「ああ、あの子ね……」
ユウスケは頬を赤らめ、ビールをチビチビ飲んだ。
「……手、つないだ。」
「小学生か!!」
ツッコむマコトとシンゴ。けれど、続くユウスケの一言で空気が変わる。
「……で、そのままホテル入った。」
「な、な、なにぃいいい!!!?」
唐揚げが宙を舞った。
「ちょ、ま、聞いてよ!? 酔っててさ、向こうが“ちょっと休もう”って。で、ベッド入って――」
「――で?」
「寝た。7時間。」
「熟睡かよ!!」
マコトが絶望し、シンゴは枝豆を床にぶちまける。
だが、その翌瞬。
「……でも朝起きたら、俺、パンツだけだったんだよ。」
「え?」
「え?」
「なんかさ、枕元に“ありがとう♡”って書いたメモもあって……」
一瞬で場が静まりかえった。
マコトが口を開く。
「お前、抱いたな。」
「いや、寝た。」
「抱いたよな?」
「いや、寝ただけ!!」
だがこのあと、さらに話はややこしくなる。
「そういやさ……」
マコトがスマホを取り出す。
「その子、昨日、俺にもLINE来たんだけど?」
「え?」
「“昨日はありがとう♡”って。ハート3つ。」
「……まじで?」
「うん。で、俺返信したんだよ。“俺、昨日はママと寝たよ?”って。」
「なにしてんだお前は……」
「そしたら、“じゃああれ誰?”って来て、ペンギンのスタンプ送られてきた。」
「ペンギン?」
ユウスケが頭を抱える。
「その子、俺にも朝“ペンギンのスタンプ”送ってきた……!」
沈黙。
「まさか……シンゴ?」
二人が向く。
シンゴはニヤリと笑った。
「……俺も送られてきた。昨日“泊めてくれてありがとう。奥さんによろしく”って。」
「お前既婚者だろ!!」
「いや、奥さんその日実家だったんよ。」
「いやいやいや、泊めるな! しかもありがとうって……!」
「うちのソファで寝かせただけだよ。」
「……まさか、全員“寝ただけ”パターンか!?」
「あの子、いま何してんの?」
「今? たしか女子会って言ってたよ。」
「どこで?」
「このビルの上のバー。」
三人、即立ち上がる。
10分後、バー「カクテル・パラダイス」のドアを開けると――いた。
リナ。昨日の“寝ただけ問題”の当人。
「あ、ユウスケくん。マコトくん。シンゴさんまで!」
笑顔で手を振る彼女の隣には、友人が3人。
「リナちゃん、昨日さ、俺……」
「寝てたよね! よく寝てた~! イビキ可愛かった!」
「やっぱ寝てたんか!!」
全員がズッコケる。
「で、俺んちに来たのは?」
「道に迷って、たまたま近くにいたシンゴさんに連絡したの。奥さんいなかったのはたまたま……」
「で、マコトにはなぜLINEを?」
「……間違えた♡」
「ややこし過ぎるわ!!」
居酒屋に戻った三人は、しばらく無言だった。
「なあ。」
「ん?」
「俺たちって……」
「……全員、空回りじゃね?」
「ていうか、“寝ただけ”でこんな騒ぐ30代って何……?」
三人は笑い出す。
「とりあえず、次の合コンいつにする?」
「……まず“寝ない”努力からしような。」
「いや、それが一番ムズい。」
焼き鳥は冷めていたが、心だけは妙に温まった。
三人が店を出た直後、リナからユウスケにLINEが届く。
「次は寝ないでね♡」
ユウスケ、即座に返信。
「俺、潔癖なんでベッドには近寄りません。」
完