シナリオ0 旗揚げ 3
大体今回までが導入部か。
異界から召喚された聖勇士・ユキヒロ。彼は戦により壊滅した冒険者ギルド支部の長を引き受けた。彼の元、ダイクレー冒険者ギルドは活動を再開したのだ。
朝。
再出発した冒険者ギルドが、今日も始業を迎える……。
――ギルド受付ホール――
ユキヒロは自ら訪問者を先導する。向かうはホールの片隅。
大きな掲示板の前を素通りした。持ち込まれた依頼書がここに張り出されるのだが、まだ一枚も出ていない。ギルド再開から今まで、一件の依頼も受注していないからだ。
別の掲示板の前も素通りする。パーティメンバー募集の書類を貼る場所だが、まだ一枚も出ていない。ギルドに登録した冒険者自体がいないのだ。
それでもユキヒロは急ぎ足でホールを横切る。案内された、粗末な服で悲痛な顔をしている中年女性は、ホールの隅を見て「ああ!」と歓声をあげた。
ホール隅には薄汚れた子供達。くたびれた老犬と寝そべっているデブ猫を皆でつつき、寂しさを紛らわせている。その中の一人、幼い少年が「お母ちゃん!」と叫んで立ち上がった。
少年が走り、中年女性がそれを受け止めて泣き出す。
「無事でよかった! よかったよぉ……」
少年も泣いており、声にならない。
その少年は紐を通した木札を首にかけていた。それをユキヒロは外し、書かれている番号を確認する。
「ディア子、10番だ」
「はい10番……と」
子供達を看ていたメイド服姿のディアスポラが帳面に書かれた番号に×印をつけた。
子供達は親とはぐれた迷子である。孤児院が預かる事になっているのだが、終戦直後の混乱期なので少々数が多い。よって冒険者ギルドも一時的な預かりを引き受けていた。
(全然冒険者の店らしくないというか……今は雌伏の時というか)
溜息をつくユキヒロ。
ちょっと予想と違ったが、まぁ現時点では仕方がない。
――ギルド食堂――
この世界、冒険者ギルドの前身は酒場の併設された宿屋である。よってこの2施設は今でも冒険者ギルド施設の基本だ。
だが冒険者登録の無い今、利用客はそれ以外の一般人。破壊された防壁の修理に大勢の労働者が集められているので、自然と彼らが多くなる。
彼らの中には荒くれ者も多い。よって――
「ンダテメー!」
「アア!? スッゾコラア!」
昼間から酒の入った大男が二人、胸倉を掴み合っていた。片方はスキンヘッド、もう片方はモヒカン。二人ともこれみよがしな刺青。
周囲の客は恐れ慄いて縮こまっている。もちろん大男二人はそんな事を意に介さず、拳を握って殴り合いを始める寸前だった。
だがしかし。
胸倉を掴み合う腕が横から握られる。
ユキヒロだ。
当然、チンピラどもは怒りの目を向けて怒鳴ろうとした。
「ンダテ……」
「アア!? スッゾコ……」
どちらの声も途中で消えた。
握力である。
体格で明確に下回るユキヒロの、男達の腕を掴む手。鉄の輪が徐々に締まるかのような異様な力を二人は感じた。
振りほどこうとしたが、腕が微動だにしない。巨大な岩の隙間に腕が挟まったかのように。
空いている手で殴ろうか……と考えた途端、そんな事をすればこの握力と殴り合いになる事を察し、男達は動けなくなった。
冷や汗が二人の首を伝う。ただ腕を握られているだけなのに、だ。
「おやめください」
静かに頼むユキヒロ。ドスは効いていない。力みもない。
こけ脅しなど必要無い。
彼の後ろをメイド服姿のディアスポラがお盆に料理を乗せて通るが、何気ないふうで、男達に聞こえるように呟いた。
「その人は異界流レベルの高い聖勇士です。ケンカするなら死んだ気でどうぞ」
それを聞いた男達の冷や汗の量がドッと増えた。
異界流とは……この世界・インタセクシルに存在する事で住人達が持つ、内的なエネルギーである。他の世界で氣・オーラ・プラーナ等と呼ばれる物に近い。そのパワーは本人の全能力に上乗せされる。
だがそれを成長させる方法は、現時点ではほぼ無い。個人差もほとんど無い。この世に生まれて存在するという一点において、大半の者に違いなど無いのだ。
その例外が、召喚魔法で異界より呼ばれた聖勇士達。
他の世界から来た者には、元の世界でのエネルギーを保ちつつこの世界で存在するエネルギーを取り込む者がいた。結果、桁外れの異界流を発揮する事になる。
そうした異界流を高く持つ体質の者を厳選するよう、この世界の召喚魔法は進化し続けたのである。
「清算はここでお願いします」
静かにそう言い、ユキヒロは手を離した。
男達は「チッ」「ケッ」と舌打はしたものの、急いで金を渡すと足早に店を出ていった。
(全然冒険者の店らしくないというか……今は雌伏の時というか)
男達の背を見送って溜息をつくユキヒロ。
まぁ現時点では仕方がない。
――待ち合わせコーナー――
夜。
長テーブルとベンチがいくつも並ぶ一画に迷子達が集められていた。
終戦直後といっても街での戦いが終わってもう一週間以上になる。だいたいの迷子は預かって一日以内に親が引き取りに来た。
だがそうでない子もまだ少しはいる。その子達は翌日から孤児院で預かってもらう事になっていた。
今日は3人。
駄犬とデブ猫が遊び相手になってはいたが「お腹すいた」と一人が泣き出した。それが他の二人にもうつり、3人ともベソをかく。
「ディア子。何か食べる物出してやってくれ」
ユキヒロがディアスポラに指示を出すが、彼女はすげなく答えた。
「ありません」
「え? 倉庫にまだ……」
ユキヒロが怪訝な顔をしても、ディアスポラは淡々と告げる。子供達が泣いていても気にならないという風に。
「あれは従業員のぶんです。明日の朝一に孤児院から引き取りが来ますから、それまで我慢させるしかありませんね」
ギルドを再開して数日。
既に本部から何人かの職員が来ており、受付や厨房、宿や厩や売店で働いている。
そんな彼らの貴重な食料なのだ。
ユキヒロは頭を掻いた。子供達を横目で見る。
3人の子らはぐずり、めそめそしながら目をこすっていた。
ふう、とユキヒロはまた溜息ひとつ。
「俺のぶんだけでも食わせてやってくれ」
ディアスポラは「はぁ」と気の無い返事。
「新主人は明日の朝メシ抜きで昼飯半分になりますね」
ぐっと歯を食いしばるも、ユキヒロはすぐに言い返す。
「俺には異界流があるから常人の数倍の能力があるし」
「なるほど。で、メシ抜きの時に発揮する能力って何ですか?」
「が、我慢……かな?」
眉を顰めるユキヒロに、今度はディアスポラが溜息をついた。
「まぁ新主人が己の腹減らすのは勝手ですしね」
そして彼女は指令を実行すべく倉庫に向かう。呆れながら。
(前主人も、同じ状況なら同じ事した気がしますね。なんとなくですが)
そう思ってもいたのだが。
冒険者が登録され、最初の依頼が来るのは、このもう少し後の事だ。
(ディアスポラ・普段の給仕スタイル)
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