シナリオ2 運命の林 4
登場人物紹介:今回のエピソードに関わる者達。
ユキヒロ:主人公。地球から召喚された転移者にして冒険者ギルドマスター。
デメキン:ボウエンギョそっくりの小さな竜。冒険中は主人公の肩にいる。
ヒルド:神官戦士。元気で威勢のいい少女。駆け出し冒険者パーティ【戦乙女の聖槍】リーダー。
ロータ:魔術師。内気な少女。【戦乙女の聖槍】所属。
ソグン:盗賊。物静かな少女。【戦乙女の聖槍】所属。
用語解説
ケイオス・ウォリアー:この世界に普及している、魔法仕掛けの巨大ロボ。
――砦の中――
ユキヒロ達はすぐにゴブリンどもと遭遇した。
しかし見張りを倒されたので迎撃態勢などとる事はできず、部屋の中で数匹ずつたむろしているだけ。冒険者が入って来てから慌てて襲い来るも、棍棒や短めの剣を手に、粗末な服や傷んだ革鎧などの軽装。腰蓑しかつけていない奴もちらほらいた。
(魔王軍や悪のダンジョンマスター配下にいる物どもなら、安物とはいえ統一された武具を装備しているはず。村での情報どおり、後ろ盾の無い野良の集団らしいな)
一安心するユキヒロ。
【戦乙女の聖槍】の面々も大きなミスをする事なくゴブリン達を相手どり、次々と倒していく。戦闘が終わると休憩がてらに売り物になる武具を敵から回収し、宝箱――魔物の巣にある収納箱をこう呼ぶ――を盗賊のソグンが鍵や罠を外して開けた。
(今の所は問題無し。順調に終わってくれればいいんだけど)
回収を手伝いながらユキヒロはそう考えていた。が……
小さな砦なので部屋数も少なく、すぐに最奥にたどり着く。そこでヒルドが怪訝な顔をした。
「あれ? ここから天然の洞窟じゃない」
崖に開いた洞窟が口を開けていたのだ。
ユキヒロが顔をしかめる。
「嫌な予想が当たったか……洞窟が住処で、その守りを固めるための砦だったんだ」
つまり奥にまだゴブリンがいるという事だ。
――洞窟――
松明の灯りを頼りに前進する一行。
ほどなく大きな空洞に出る。その奥からガタガタとうるさい音が近づいてきた。ユキヒロの肩のデメキンには見えるのか、尾をビタビタと振った。
「何?」
ヒルドが戸惑い、一行の足が止まる。
身構える彼らの前、松明の灯りに照らし出されたのは木製の小さな戦車だ。四輪をつけた板の前面に、盾になる板を垂直につけただけの簡単な物。
だがその盾には人質が縛り付けられていた。
戦車は2台。人質は二人の子供。怯えた目で涙を流す子供達の側で、何匹ものゴブリンが刃物を手にニタニタと笑っていた。
「そんな戦い方!」
人質を文字通り盾にした敵にヒルドが怒りの叫びをあげる。
だがゴブリンどもは下卑た笑い声をあげた。
「女が三人もいるぜエーッ!」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
戦車を押してくるゴブリン達。
「くっ……どうしたら……」
たじろぐヒルド。二人の仲間も同様だ。
だが彼女達の前でゴブリンが全て動きを止めた。目をあけたままピクリとも動かない。
「傷つけずに無力化する呪文もある」
いつになく厳しさと怒りの籠ったユキヒロの声。
ヒルド達には彼が無詠唱で何かの魔法を放ったのだとわかった。
【ナーバスホールド】心領域の魔法。神経系統に働きかけ麻痺状態に陥らせる。持続時間は短いが範囲に影響を及ぼす事が可能。
ゴブリン達は全滅した。動けない無抵抗な魔物どもを始末する事に、誰も全く躊躇わなかった。
人質になっていた子供達は、救出されてなお怯え、震えていた。服はボロボロで全身に無数の痣がある。
「この子達……エルフとドワーフね。どちらも男の子だわ。近くから攫われてきたのかしら」
ロータが首を傾げる。
一方、ヒルドは槍を強く握り締めていた。
「仕事でやってきたけど、許せなくなったわ。絶対に退治してやる!」
だが子供だけで村に帰れとは言えない。こうした状況で誰かを救助した場合、この世界の冒険者達は自分達パーティの後衛についてくるように指示するのが一般的だ。
「大丈夫、怖くないよ。一緒にきてね」
ロータがいくらあやしても、子供達から怯えは消えなかった。
――洞窟の奥――
進むほどに洞窟は広くなってゆく。
「うわ、大きい……」
終いにはヒルドがそう漏らすぐらいに。天井まで20メートルはありそうなほどに。
途中で分かれ道もあったが、適当に片方を選んで進む。
やがてガラクタが散乱する空洞に出た。
そのガラクタが何なのかユキヒロにはわかった。
(ケイオス・ウォリアーの残骸!?)
操縦訓練を受けた時、ケイオス・ウォリアーの内部構造も見せてもらった。その時に見た部品が多数積んであるのだ。
その時。
大きな足音が洞窟に反響する。それがケイオス・ウォリアーの物だと一行にはすぐにわかった。
足音は後ろ……通って来た方から響いてくる!
「動く機体があるの!?」
驚くヒルド。
ユキヒロは額を抑える。
「さっきの分かれ道から回り込まれたのか。いかん、してやられた!」
ユキヒロはドラゴンを退治し、冒険者ランク10の評価を受けた猛者である。一般人なら百人いようが物の数ではない。
だが身長18メートルの戦闘兵器に勝てるかどうかとなると、話は別だ。
「奥に行くしかないわ……」
退路を断たれた事を察してヒルドが言うが、ユキヒロは考える。
(それは敵もわかっている筈。なのに後ろから来るという事は、奥へ行かせようとしているのか?)
窮地で敵の思惑に乗ってしまえばもはやそこまでだ。
だからユキヒロは皆に指示を出した。
「いや、君らはここに隠れろ。俺が囮になって奥へ行く」
「そんな! パーティの仲間を捨て駒にできないわ!」
ヒルドは叫んだ。
「俺はパーティの仲間じゃない。助っ人だ」
「一時とはいえ加入しているなら同じよ!」
ユキヒロが言ってもヒルドは聞かない。
だが彼女の言葉をユキヒロは否定する。
「違う。こういう事も想定しての助っ人なんだ」
「そんな!」
なおも拒もうとするヒルド。
彼女の両肩をユキヒロは掴んだ。
「君はリーダーだろ! 仲間と、救出した人に、責任がある!」
「……」
ヒルドは黙った。
不安と怯えの中にある、彼女の仲間と助けた子供達を見てしまったから。
そんな彼女の肩をユキヒロは離した。
「俺にも俺の責任があるんだ。仕事だからさ」
ガラクタ山の陰に身を隠す【戦乙女の聖槍】と子供達にユキヒロは指示する。
「敵をやり過ごしたら村へ向かってくれ。ケイオス・ウォリアーに乗ってくるんだ」
「絶対に無事でいてね」
頷きながら訴えるヒルド。
心細そさを隠せない彼女に、ユキヒロは微笑みを作って頷いた。
皆が隠れるやユキヒロは空洞の反対側へ走る。
そこにあるガラクタ山の陰に屈んだ時、空洞の入り口から通信機ごしの声が響いた。
『人間ども! 元魔王軍のゴブリンチーフをナメんなよ!』
安全な事を安全にやるだけで終わればそれに越した事はないんだが。
こっちにとって強力な兵器は、敵にとってもそうなんだ。




