インターミッション1 特訓 1
このパートは日常回という奴だ。
――宴会の翌日――
ギルド施設・訓練場の片隅で、ユキヒロはエンクと向かい合っていた。
「まずは今のマスターの力を確認しよう。拳を前に突き出してくれ」
「こうですか?」
エンクに言われた通りに拳を突き出すユキヒロ。
するとエンクは自分も拳を突き出た。
「こちらから押す。押し返してくれ」
拳同士を軽くぶつけると、そこから力を籠めてくる。
何やらわからずユキヒロも拳で押し返すが……
「お、おっ!?」
思わず声が漏れた。エンクの拳は、重機を思わせるような途方もない力で押し込まれてくるのだ。ブルドーザーか何かと押し合っているような錯覚を覚えつつも、それでもユキヒロは渾身の力で己の拳を押し込む。
ギリギリと歯を食いしばり、脂汗をだらだらと流す。それでもユキヒロは拳を最初の位置より前に進める事はできなかった。
「よかろう」
エンクの拳から力が抜ける。ユキ
ヒロも力を抜いた。
疲労困憊のユキヒロに対し、エンクは汗一つかいていない。
「ふむ。マスターは一通りの訓練はやっているんだったな」
「俺を召喚した城で、基礎体力作りしながら剣技と魔術を習いました」
エンクの問いに答えるユキヒロ。エンクは顎に手をあて「むう……」と考え込む。
(やっぱ未熟と言われるか。「しょせん井の中の蛙!」とか)
不安に思うユキヒロ。
エンクの言い分は……
「どうしたものか。俺の見てきた大概の奴よりマスターは強い」
思ったより評価は高かった。
「俺も少しの間、修行に励んでみるか。マスターにはそれに付き合ってもらおう」
エンクからの申し出に、汗を拭きながら頷くユキヒロ。
「わかりました。お願いします」
「ご飯の時間にはちゃんと帰って来てくださいね」
突然後ろから声がかかる。
驚くユキヒロが振り向くと、犬・猫・小竜をつれたディアがそこにいた。
「ディア子? いつの間に……」
困惑するユキヒロだが、ともかくこうして特訓が始まった。
――郊外山中の滝壺――
街へ流れ込む川の途中にある滝壺。家一軒を沈める事ができそうな広さと深さがある。景観としてはなかなかの物だが、交通の便は悪く、辺りに人影は無い。
だが水飛沫を撥ね飛ばし、水中から岸にあがる者がいた。
パンツ一丁のユキヒロである。岸にあがると膝をつき、身を投げ出すように倒れた。
「お、溺れるかと思った……」
続いてフンドシ一丁のエンクも水から出てくる。こちらは落ち着いており、乱れた様子は無い。
まぁ滝壺の底で座禅を組んで、平気な方が珍しいのだが。
そんなエンクは倒れて荒い息を吐いているユキヒロを黙って見ていた。
(最初から俺と同じ時間潜っていられたか)
――滝壺近くの断崖絶壁の上――
谷底まで数十、あるいは数百メートル。連なる岩の上で、左右の幅もロクに無い。そんな所をエンクは駆け抜けていた。それに必死でついていくユキヒロ。
「うひー……」
頼りない足取りで思わず声を漏らすユキヒロへ、エンクが半分振り向いて走りながら声をかける。
「飛行や浮遊の魔法は足を踏み外すまで禁止だぞ」
「き、気を付けます」
下を見ないように一生懸命答えるユキヒロを確認すると、エンクは再び正面を向いた。
(落ちずについて来ているな)
――断崖絶壁の向こう、山中の洞窟――
二人はここで剣を振っての訓練に入った。眼前に敵を仮想しての独闘――ボクシングでいう所の「シャドー」という訓練を洞窟の外で行う。
しばらくするとエンクが合図し、二人は洞窟の中へ。そしてそこで木刀を使っての模擬戦に入った。
闇の中で必死に攻防を行い、時に木刀で叩かれるユキヒロ。鎧の上からとはいえそれなりに痛い。
(いつだって恵まれた環境で戦えるわけじゃない、という理屈はわかるけど!)
四苦八苦していると、やがてエンクが合図し洞窟の外へ。陽光で目が眩むが、そこでまた独闘を行う。そしてまた洞窟へ。
ずっと闇にいれば、あるいは目隠しをし続ければ、やがてその状態に慣れるだろうが……この訓練ではそれを許さなかった。
同じ状況で苦も無く剣を振りながら、しかしエンクはユキヒロを見て思う。
(岩壁に当たらずに動けてはいるか)
――夜。ギルド食堂――
へとへとのユキヒロは崩れるように椅子へ座る。
「断食修行が無いのは助かるなあ」
そんな彼の前のテーブルにディアが晩飯を並べた。
二皿のサラダ、茹でた鶏肉の切り身、五穀米……
「見慣れないメニューだけど、ディア子が作ったの?」
「訓練期間という事で、それ用のメニューを考案しました」
「へえ、ありがとう」
澄まし顔で頷くディアに礼を言うと、ユキヒロは飯を食べ始める。
(うん、イケるじゃないか)
そう思っているとディアから一言。
「どういたしまして。これから毎日当分同じメニューですので、そのつもりで」」
「えっ!?」
思わず顔をあげるユキヒロに、ディアは全く動じず告げる。
「この街でこの季節に入手できる食材で、私の記憶容量に入る献立がこれだけなので」
「そ、そうか」
贅沢は言えないと思い、ユキヒロは黙って食事を続けた。
途中、食堂の片隅をチラと見る。
老犬・デブ猫・ボウエンギョそっくりの小竜。それらは別々の皿でガツガツと餌を食っていた。
それもディアのお手製である事をユキヒロは知っている。
(ペットのご飯は日替わりなのにな……)
それも知っている。
「トレーニング 食事」で画像検索してみたが意外とそれなりの物を食べる事はできそうだ。
やっぱりサラダが中心になるようなのは仕方ない所か。




