シナリオ0 旗揚げ 1
長い物語が始まろうとしている(予定)。
――小国イムブック・王城側の山裾――
光線が迸り、岩を撃ち抜いた。その破壊力は貫通してなお衰えず、次の岩をも穿つ。
光線を放った青年は、腕を前に突き出した姿勢のまま岩の穴を厳しい目で見つめた。
「これが光属性の破壊魔法【レイ・ボルト】……」
「お見事です、ユキヒロ様。これで一通りの訓練を終了されましたな。この国をその力でお守りください」
青年に上質のローブを纏った老人が声をかけた。
老人はこの国の大臣であり、青年を異界から召喚した宮廷魔術師でもある。
青年は地球という世界の日本という国から召喚された男で、名を追野幸弘。革鎧を装備し、ここ最近の訓練でなかなか逞しい体ができてはいるが、穏やかで人のよさそうな顔つきをしており、20歳という年齢より少々年下に見えさえする。
そんな彼の顔に苦悩と不安が浮かんだ。
「約束は……ごめんなさい、できません。俺の力が通じるか、まだわかりません。実戦は未経験ですし、情報によると魔王軍はあまりに強大だ」
そう、彼は人類へ侵攻する強大な魔王軍と戦うために召喚されたのだ。魔王軍は人類の三大国をことごとく壊滅させ、残りの中規模や小さな国は各個で必死に抵抗している。
このイムブック国は大国に挟まれた地で双方のパワーバランスに右往左往しながら生き延びていた小国だが、その両大国が壊滅し、もはやいつ滅ぼされてもおかしくない状況だった。4つしかない都市の一つが既に魔王軍に包囲されており、明日にも陥落しそうな危機である。
(マンガやライトノベルで見た異世界物にはお気楽な世界も多かったけど、こんな危機の只中にある世界もあるんだな)
ユキヒロは故郷を懐かしく思いながら、今にも恐怖に飲みこまれそうだった。
だが彼に大臣は重々しく告げる。
「それでも我々は貴方に頼るしかありません。今の貴方は間違いなく、この国で最強の聖勇士なのですから」
聖勇士。他の世界では神官戦士とでも言うべきクラスである事が多いが、この世界インタセクシルにおいては、異界から召喚された転移者の総称である。
彼らはこの世界の住民の数倍のパワーと潜在能力を発揮する。召喚術に仕込まれた選別機能により、それが可能な者が召喚されている故に。
聖勇士は短期間の訓練でこの世界の達人に匹敵する技量を培い、真に鍛え上げた者は剣で大地を割り魔術で天を裂く。この世界の各時代の人類最強の敵を倒した勇者達は、そのほぼ全員が聖勇士なのだ。
大臣は周囲を見渡す。
ここは山裾の森にある訓練場。夕陽に染まる木々の向こうに茜色の空を背にした王城が見えており、辺りには訓練に使った丸太や岩がごろごろしている。そのどれもが傷つき、砕けていた。
そして訓練場の片隅には、膝をついた巨大な人型の人造巨人。この世界では魔法仕掛けの巨大ロボットが実用化され、ケイオス・ウォリアーと呼ばれて普及しているのである。
召喚された日から今日まで、ユキヒロは必死で訓練に励んだ。剣技、体術、攻撃の魔法、回復の魔法、人造巨人の操縦。王国が準備した訓練は終了した。
「俺の全力を尽くす事は約束します」
だからユキヒロはそう言った。
(今まで滅ぼされた国の人達も、全力は尽くしただろうけど……)
そう思いながらも。
ユキヒロは大臣から聞いていた。
この世界インタセクシルには古来より聖勇士召喚の魔法があり、それは世界の各国にも継承されていると。その上で現状、滅ぼされた国が多数あるのだと。
召喚された聖勇士達は大きな戦力だが、それは勝利を約束する物では無いのだ。
ユキヒロと大臣が話をしていると、訓練場に兵士が一人駆け込んできた。彼は慌てに慌て、息を切らせながら叫ぶ。
「緊急の! 緊急の速報ですぞ、ユキヒロ様、大臣殿!」
(来たか!)
ユキヒロの顔に緊張が走った。ついに攻められている都市が陥落したのか。いよいよ初陣……命を懸けた、勝ちの保証が見えない戦いの時が来たのだ。
「ま、魔王軍が! スイデン国の連合軍が!」
「落ち着け。先ず結論を」
どもりつっかえる兵士を大臣が諫める。
兵士が口にしたスイデン国は離れた所にある中規模の国で、魔王軍相手に激戦を強いられていた筈だ。その国の名を、兵士は必死に口にする。
「魔王軍がスイデン国率いる連合軍と戦い、魔王・暗黒大僧正が討ち取られたと!」
「そうか、魔王が……魔王が?」
一度頷き、一秒後。大臣は思わずもう一度聞き返していた。
何度も頷く兵士。
「はい! 人類の勝利です!」
「え?」「え?」
大臣とユキヒロはなおも聞き返した。はっきりと聞こえた筈なのに。
兵士は必死に、声を限りに訴える。
「この時代の魔王軍との戦いは終わりましたァ!」
どこかでカラスが鳴いた。
不気味にさえ聞こえる筈の声が、妙にのどかに響く。
「え……あ、そりゃめでたい」
呆然と呟く大臣。
「あ……ああ、良かったですね」
呆然と呟くユキヒロ。
人類最大の危機は去った。
世界に平和が戻ったのだ。
「俺はどうすれば? 確か、帰還の魔法は無かったと……」
呆然と呟くユキヒロ。帰る事ができないのも、戦いの覚悟を決めた大きな一因なのだが。
「戦後の処理を手伝ってもらう、ですかなぁ」
言い難そうに呟く大臣。
男には、勝敗など関わりなく戦わねばならない時がある。
ユキヒロのその日は、今ではなかったという事だ。
まぁ安全であるにこした事は無い。
そんな彼にも忙しい日々は来る。
というか割とすぐそこに来ていた。
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